魚村 晋太郎


口紅と座薬とジャムと練りからし冷ゆる冷蔵庫夏過ぎてより

浜名理香『風の小走り』(2002年)

口紅と座薬とジャムと練りからし。
いちばん意外性があるのは口紅だが、冷蔵庫にしまっているひとも結構いるらしい。
口紅の色にも流行がある。
使わなくなったけれど、捨てそびれた口紅が何本かのこっている、というのは女性にとってはふつうのことのようだ。
男性には実感がないが、それぞれに淡い思い出がまとわりついていることもあるだろう。

口紅はつけたところをひとに見せるもので、座薬はつかっているところをふつうはひとに見せない。
考えてみると、消化管の入り口と出口に関わるものでもある。
ジャムは甘く、からしは辛い。
たたみかけてならぶ名詞の、そんな取り合わせの面白さにまず目をひかれるが、読んだあとに、季節が過ぎてゆくときのなんともいえない気分がじんわりと伝わってきてこころをひかれる。

口紅と座薬とジャムと練りからし、の取り合わせには唐突のようで共通点がある。
どれも夏という季節にとくべつな関係がなく、しばらくの間冷蔵庫のなかにしまわれつづけるもの。
牛乳や肉や野菜、季節の果物は日日使われて入れ替わり、ふるくなったものは捨てられる。
そんな冷蔵庫のなかに、忘れられたようにしまわれているものたちがならべられているのだ。

ひとのこころも日日うつろう。
そして、ひとりのこころのなかにも、変わってゆくものと変わらないものがあって、それらは折折にふれあい、すれちがってかすかな音をたてる。
秋の澄んだ空気のなかで暑かった季節をふりかえるときの、こころのうつろな感じが淡淡とえがかれた一首だ。