一ノ関忠人


冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ

佐藤佐太郎『形影』(1970年)

紀伊半島南部の熊野地域は、古来霊験の地であり、とりわけ中世には京の貴族の尊崇を受けて、熊野詣が盛んだった。熊野三山と言い、本宮、新宮、那智の三社が霊地のポイントになっている。そのうちの一つ那智は、熊野山塊を流れてきた水が、切り立つ一枚岩の巨大な岸壁を轟音を立てて落下する滝そのものを祀っている。那智滝と言い、高さ133メーを垂直に落ちて来る水流の激しさには圧倒される。その自然の神秘の光景が尊崇の対象になったことは、すなおに納得できる。最近はパワー・スポットブームもあって、人気の観光地である。

山本健吉の晩年の渾身の日本文化論である『いのちとかたち 日本の美を探る』は、この那智滝をめぐる精神史の読み解きからはじまる。アンドレ・マルロウが来日した際、那智滝に感動し、また根津美術館所蔵の「那智滝図」に同じ感動を受けたというエピソードを紹介、そこに「写された風景の模倣」ではない、「自然の霊、自然の神さながらの、緊迫感を持った精神性」を見出した。

自然そのものも、またそれを描いた絵画にも同様に「気」「気韻」「いのち」を感得し、それを迢空が言った「生命の指標(ライフ・インデクス)」に結び付けて論はすすむが、ここは那智滝の神秘の美が了解されればいい。

私もいく度か那智を訪れた。海上から遠く熊野山塊から垂直に下る滝に感動し、また滝の下間近から見上げその水量に驚いた。滝の下から仰ぐ上田三四二の秀歌もある。

 

瀧の水は空のくぼみにあらはれて空ひきおろしざまに落下す 『遊行』

 

佐藤佐太郎のこの一首は、滝から少し離れて滝をほぼ目の高さに眺望できる青岸渡寺の庭から見た那智の滝である。青岸渡寺は、西国三十三所めぐりの一番札所であり、「補陀落や岸打つ波は三熊野の那智のお山にひびく滝津瀬」の御詠歌が伝わる。那智滝を下った水は浜から海へ出る。その那智浜は補陀落渡海の地であり、幾人もの僧が補陀落をめざして旅だった。といえば素晴らしい行為にきこえるが、実態は死への旅である。

この一首は、とくに難しいことを言っているわけではない。冬の熊野、青岸渡寺から那智滝をみる。岸壁を細くなった水流が、風にさえ傾いてみえるような滝となって落ちている。ただ、注目されるのは、この一首じっくりと読んで行くとちょっとした違和感がある。最後の「みゆ」にかかわる違和感である。「見ゆ」は、本来自ずから目に入る状態をさす。しかし、ここでは作中の主体が「庭にいでて」と動作を示し結句へつながる。ふつうなら「みる」となるのが妥当だろう。それを佐太郎は「みゆ」とした。このねじれが一首を魅力的にしていると私は思うが、変則であることは確かだ。「みゆ」に収束させるには、作者の主体的な条件を付けなければならない。つまり「いでて(望めば)……みゆ」というように。脱落、省略があると考えるのがいいようだが、理屈はいいだろう。この歌の実感は冬の細くなった滝が風にかたむく情景をぴたっと捉えたことで、那智滝にいのちが吹き込まれたように思えるところだろう。