突き出して眼下ににゅっと視野ふさぐコブハクチョウのコブとはなにか

池本一郎『萱鳴り』(2013)

 

つい先日も、ある会で池本一郎が話し始めたのは蜜蜂の生態についてだった。家の近くに山田養蜂場という会社があり、出かけて行って職員のひとに話を聞いたという。働き蜂が一生にかかって集める蜂蜜は一匹でティスプーン一杯であるという所から始まり、女王蜂の様子など細かなデータを暗記していて20分ほど話していた。短歌とは関係のない話であったけれど私には実に面白かった。知らないことがまだまだある、というのは池本の口癖である。

 

『萱鳴り』を読むといろいろな草花、動物が出てくる。「白鳥日記」というものをつけていたり、「農事ごよみ」に細かなメモを日々つけていて、常に季節の動きに敏感である。

 

コブハクチョウは、確かになぜあんな形態をしているのだろう。顔の真ん中にあんなコブがついていたら視界がふさがれて邪魔な感じである。「眼下ににゅっと視野ふさぐ」、遠くから見た感じではなくコブハクチョウの顔の立場で詠まれているところがいい。インターネットなどで調べてしまえばすぐにわかることなのであろうが(雌に対するアピールのためにあるのではないかと書いてあった)、通り過ぎてしまいそうな所に疑問を持つことがまず楽しい。

 

首の骨、白鳥は二十五個というキリンとヒトはそうか七つか

サバンナの二頭のきりんを写しおり二年に一日の交尾の日とぞ

 

『萱鳴り』にはいくらでもこのような歌がある。好奇心のかたまりである作者が次々と知る、人間の先入観を覆す意外な真実。生き物の命の寂しさのようなものに、寄り添う形で詠まれているところが好きだ。

 

編集部より:池本一郎歌集『萱鳴り』はこちら↓

 

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