一ノ関 忠人


かひごぞよ帰りはてなば飛びかけり育みたてよ大鳥の神

平清盛『古活字本 平治物語』

*「かひご」は卵。育に「はぐ」、大鳥に「おほとり」のルビ。

日本の歴史のうえで平清盛の評判はあまりよろしくない。武家政権を樹立することを目指しながら、貴族趣味に堕して滅びてゆく。『平家物語』にその横暴がえがかれるが、律令体制が崩壊する社会にあって、寺社勢力や院を中心にした貴族と渡り合い、日宋貿易を企て、あえて遷都も辞せずこの国の仕組みを変えようとしていたのだと思えば、そう無下に悪役と葬ってはなるまい。傍若無人な荒々しさは神話のスサノオを髣髴させる。白河院の胤とも言い出自も申し分なく神話化するに適した愛すべき大人物に他なるまい。

この清盛、一族には貴族の教養を学ばせ、和歌に堪能な平忠度のような優れた武将も身内に持つが、清盛自身の作となると、ほとんど伝わっていないようだ。武家政権を実現した源頼朝には、説話文芸にも和歌がとりあげられているのに比較して不自然なほどだ。

その清盛の作という歌が、この一首である。奇妙な歌である。卵(かひご←殻子)が自分だと言っているのである。その卵が孵化すれば空を飛翔するように、京に帰り着きさえすれば、駆け巡ることができる。どうぞ私を大切に育ててお守りください。大鳥の神さまよ。

だいたいこんな意味になる。大鳥大社(大阪府堺市)に戦勝祈願をした折の清盛の歌である、と『平治物語』に伝える。平治元(1159)年、清盛41歳。

後白河院の御所を源義朝(頼朝の父)が襲撃する。平治の乱のはじまりである。清盛はその日、熊野参詣の途次、反乱の報を受けて、急遽帰京、反乱軍征討の決意を固めた。その帰京の途中で大鳥大社に祈願、この一首を奉じた。

この一首、『平治物語』でも流布本とされる古活字本系にのみ引用されているらしいが、私は平清盛らしい祈願の歌だと思う。一読、意味がとりにくいのだが、勢いがある。大鳥の神に命じているかのごとき覇気が感じられる。この気勢、熱情は、いかにも清盛。

物語上、清盛に近かった信西入道は梟首されたものの、義朝をはじめ反乱軍を一掃する。平家全盛のきっかけになる。「清盛のこの活躍を皮切りに、院の近臣の一掃や源氏の打倒によって築かれた平家の繁栄が神の加護によるものと解釈された」(上宇都ゆりほ『源平の武将歌人』(笠間書院コレクション日本歌人選)ということであろうか。悶絶、地に倒れ、「遂にあつち死にぞしたまひける」(『平家物語』)という無惨な死を迎える清盛ならではのパッショネートとも言えるだろう。私は、この大胆激越な一首を清盛のものとして愛する。