一ノ関 忠人


草原を駈けくるきみの胸が揺れただそれのみの思慕かもしれぬ

下村光男『少年伝』(1976年)

 

角川書店の新鋭歌人叢書は、現代短歌を歌集の形で読んだ最初のものだった。下村光男『少年伝』と高野公彦『汽水の光』は、新宿から一時間ほどの私鉄沿線、私が住む神奈川県では老舗大型書店の棚に買い求めた歌集である。現代短歌の歌集など本屋の棚で出会ったことがなかった。書店通いは、すでに日課になっていた。

大学に入って一年が終了するあたり、文学部に入ったものの何をしたらいいか混迷の中にあった時期である。研究か創作か、創作なら何を。当時、文庫でも歌集はほとんどなかった。『寺山修司青春歌集』、『意志表示』(岸上大作)は、読んだ。岡野弘彦の寺山の歌を紹介しながらの短歌創作を誘う講演も聴いていた。しかし、短歌の実作へは結びつかなかった。

どこか遠いものに感じていた。現代詩の魅力もあった。そんな時に、本屋の棚に『少年伝』を発見した。奇数ページにのみ印刷され、天銀、島嶼の地形図をデザインに使い黒を基調にした洒落た造本、シリーズの装幀は伊藤鑛治、定価は2000円。当時の大学生には高価だった。日々本屋の棚を覗き、ぱらぱらとひらいては唸った。オレを呼んでいる。悩んだ末に思い切って買うことにした。つづいて『汽水の光』も。

下村光男の歌は魅力的だった。ひらがなの多い、青春の感傷が淡く、ものがなしくうたわれている。そして、次の歌に國學院大學に入学したことの意味を見いだした。

 

きやんぱすの樅の老樹のいろ冴えて直ぐ立つものを釈迢空はや

逍遙歌うたとはならずへべれけの友を負い巷(ちまた)いくさびしさは

 

これらは国学院に学ぶものならば、即座に了解できる。私が今学んでいる大学が歌われている。少し前に読んだ岸上大作の歌にも、それは感じられたが、いかんせん暗い。下村の歌も決して明るいわけではないが、そのほのあかるさが、不安定な青年には魅力だった。

そして、この青春歌。草原をむこうから駈け寄ってくる彼女の胸がはずんで揺れている。それをみているだけの自分の恋、淡き恋心、恋に恋する時代の青春歌。まさにその時の私の淡い恋心であった。

この歌を含む「少年伝」一連は、1968(昭和43)年の角川短歌賞の次席にえらばれた。宮柊二の推薦だったという。