前田康子


千両も万両もあかく実るなりわれから遠くわれは生きゐる

澤村斉美『galley』(2013)

 

千両も万両もお正月によく飾られるから、年末の花屋の店先を覗いている作者かもしれない。豊かに実っている鉢を目にしながら「われから遠くわれは生きゐる」といった心境に作者はたどりつく。常にそんな風にどこかで意識しながら生きていたのかもしれないが、具体的にはどういうことなのだろう。自分が思い描いている自分とはかけ離れた生き方、という風にとった。誰しも描いた理想通りには生きられない。どこかで妥協してしまうことのほうが多い。寂しさがかすかに漂うが、この歌に自分への強い落胆のようなものは感じられない。二つの自分を比較的冷静にみつめている作者を感じる。そういう不器用な生き方もよしと認めているのかもしれないし、いつか理想の自分へと近づく意識を強くもっている作者かもしれない。

 

うどん食べてゐる間に死者の数は増えゲラにあたらしき数字が入る

遺は死より若干の人らしさありといふ意見がありて「遺体」と記す

死者の数を知りて死体を知らぬ日々ガラスの内で校正つづく

 

作者は新聞の校閲記者という仕事をしている。この歌集にはその仕事の歌が多く出て来るが、現場のなまな感じがよく伝わってくる。一首目は事故や災害の速報を記事にしている場面だろうか。食事をとっているわずかな時間の間に死者の数が増え、ゲラを書き換えることとなった。うどんを食べるという日常の時間が流れている向こう側で、どんどんと人の命が失われているということに戸惑いをおぼえる。二首目は「遺体」と書くか「死体」と書くかについて話し合っている場面。若干の違いだが、そこに拘りを持つ意識が伝わってくる。三首目、毎日のように誰かの死を記事にし報道しつつも、作者はその死体を現実に見ることはない。ガラスの内にいて淡々と目の前の仕事をこなすだけだ。そこに違和感をおぼえつつ文字と向き合う作者がいる。

 

わたくしの白とあなたの水色をかさねて仕舞ふ給与明細

ウチカワなる人物に夫はくるしめりウチカワのかほ竹藪のなか

君の敵ウチカワのことをなぜか思ふウチカワが勝てばいいと思へり

 

こういう歌も不思議な新しさを感じた。一首目は共働きである作者と夫との、二つの給与明細を詠んでいる。上の句、紙の色を詠み、柔らかでさわやかな一首となった。

二、三首目は夫の同僚のことだろうか。「ウチカワ」なる人物が詠まれている。会ったことはないが常に話にきいているその者の顔が、ぼんやりと竹藪のなかに浮かんで来るのだ。夫のことを少し心配しつつも三首目は意外な方へ歌は展開する。なぜか夫を苦しめるウチカワが勝てばいいと思う作者。それほど心配するような様子でもないのかもしれない。夫に対するちょっとした意地悪な心が妻として芽生えているようにとって、私にはよくわかる一首だった。