前田康子


杉やにのごと赤ぐろき夕ぐれよ行方不明のひとりみつかる

本田一弘『磐梯』(2014)

 

作者は会津若松市に在住。この歌集は平成22年から26年までの歌がまとめてある一冊だ。

この歌は平成24年頃の歌。震災で行方不明となった方が遺体となってやっとみつかったことを詠んでいるが、上の句が印象深い。「杉やにのごと赤ぐろき夕ぐれよ」と日暮れの空を詠んでいる。ねっとりとした質感と、血を思わせるような色。ここからいろいろなことを考える。どんなに美しい夕空でも震災のあった日から晴れ晴れとして気持ちで眺めることができなかった精神状態。ひとりの行方不明者が見つかっても、まだ多くの不明者がどこかにいるということ。美しく見える空も常に汚れているかもしれない不安。そして大勢の死者の無念な想い。表しきれないものがこの上の句に感じられる。

 

避難区域屋内退避区域計画的避難区域緊急時避難準備区域

 

またこのような歌も目を引いた。避難区域・屋内退避区域・計画的避難区域・緊急時非難準備区域。「・」をつけて読んでいくとこのようになる。どの言葉も震災以降報道の場面でよく使われている言葉で、福島第一原発の事故に基づいて、その周囲の地域の避難の仕方を区別した名称だ。この歌のように漢字にしてずらっと並べるとものものしさが際立ち、殺伐としたものを感じる。名称をずらっと並べることにより、故郷の深い傷跡のようなものを作者は晒していると感じる。

 

避難所のおほいなる闇 百三十の寝息のひくくひくくみちたる

 

震災直後の避難所での歌。不安と哀しみのなか他人同士が一つの場所で眠っている。「おほいなる闇」には底なし沼のように強い不安が満ちていて、そこに130人もの人が確かに生きて寝息をたてている。作者はその闇をじっと感じながら朝が来るのを待っている。

 

横積みのままの時間よ、横積みの墓石に人は手を合はせたり

黒真土、山鳥真土、白真土 会津の土をわれは愛する

 

地震で倒れてしまった墓石。それを起こす術もなく、人は横積みの墓石に手を合わせている。切ない場面である。上の句の「横積みのままの時間」はどういうものだろうか。何も前に進んでいかない、どこかで止まってしまったままの時間。それに対する作者の静かな怒りがあるように思える。

また二首目は土の名前がいくつもあり、ひとつひとつに美しさを感じる。磐梯山は火山であるからその土地の土もまた特殊な成分を持つものなのだろう。下の句には故郷に対する深い愛情がはっきりと示されている。おもえば私などは、自分の住んでいる土地の土のことなどをじっくりと考えたことがなかった。土のことを忘れて暮しているのである。その土地でとれる野菜や果物をたべて育ってきた作者にとっては、かけがえのないものである。土も水も空気も。