前田康子


吊り皮の手首に脈拍たしかむる寒の迫りてくるはさびしゑ

篠 弘 『日日炎炎』(2014)

 

作者は心臓にペースメーカーを入れている。それゆえに常に自身の脈拍に注意して管理する必要があるだろう。特に寒さが厳しくなる頃、健康への不安は強まるのではないだろうか。ふと通勤途中の電車で吊り皮を持つ自分の手首が目に入った。その手首に反対側の手の指をあてて脈拍が正常か確かめているのだ。日々、ハードな仕事をこなし、自分の身体をあまり労わる暇がない中、唯一電車に乗っている時間にそんなことをしている。どこか寂しさの漂う一首だ。

 

穏しかるこのいねぎはにほつほつと明日(あす)の書き出しの一行を決む

執筆が憩ひとなればきらきらし朝より雪の降る日に遇へり

 

四六時中書き、読み、書くという生活が見えてくる歌集だが、その現場がよく詠まれている。一首目は、おだやかに寝ようとしている時間、寝床のなかで明日の原稿の書き出しの一行を決めている。「決む」という結句に強さと書くことへのエネルギーを感じる。また二首目では、執筆することを憩いと感じている作者がいる。会議などが多く責任ある仕事を外で任されている作者にとって、家にいて本に囲まれ己と向き合い執筆するのは、精神的な憩いの時間なのかもしれない。窓の外には朝から雪が降り、その雪さえも美しく作者の時間を縁どるようだ。

 

まつぶさに花一つづつ白梅のひらくちからに(おも)を打たれつ

こがらしに遭ひて木犀の金こぼる平らかならぬ土のおもては

 

仕事の歌の合間に、じっくりと詠まれたこのような叙景歌も印象的だ。一首目は、咲きひらいて行く白梅の美しさを詠んでいるが、梅の花の強さのようなものが伝わってくる。「まつぶさに」は整って小さな花がひとつずつ咲いている様子を初句から出している。下句の、開いていく花の力に「面を打たれつ」というところもその白さと香りに、顔面からはっと驚いているような感じが伝わってくる。山茶花や梅の白、寒い空気のなかに見える白い花というのは、こちらの気持ちを引き締めてくれるような清廉な色だ。

また二首目は木枯らしが吹いてキンモクセイの花がこぼれた場面。そのこぼれた花によって土の表面が平らでないことに気づいた。散ったキンモクセイを詠んでいるようで実は下の句では土の表面に視点がうつっているところがおもしろい。二首とも柔らかな詠みぶりだが、文体に張りがありその張りが読んでいて心地いい。

 

塚本の遺品すべてを託されし靑史より館のぶじを問はれつ

地震(なゐ)ののち生れしいのちか水面に足踏んばりて水馬(あめんぼ)の立つ

 

3・11の後、北上市の日本現代詩歌文学館を訪れている歌。作者は東京にいてこの館の館長を務めている。一首目は塚本邦雄の息子である靑史さんよりぶじを問われている場面。何万冊という本が床になだれ落ちた様子なども現場での歌に詠まれている。館員も自らの身を守り生活していくことで一杯だったはずだ。しかし館にはこの歌にあるように塚本邦雄などの貴重な資料が保管されていることも確かなのだ。歌の歴史を守っていく大きな役目を作者は担っていることを、あらためて感じる。また二首目は地震直後の辺りの惨状を目にしながらも、小さな命にこころは寄っていっている。小さなアメンボが「足ふんばりて」水面にいるというのが健気で、その命にかすかに未来を見ようとしている。

 

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