一ノ関忠人


年くると世はいそぎたつ今夜しものどかにもののあはれなる哉

光厳院『光厳院歌集』(岩佐美代子『光厳院御集全釈』2000年)

 

不遇の北朝初代天皇であった光厳院の年の暮れの歌である。

「除夜」と題がある。現在伝わるこの『光厳院御集』は、光厳院の「治天」、つまり院政期に成立したものと考えられている。光厳天皇退位から南北朝の争いは激化する。この歌も、そうした時期のものであることを前提に鑑賞することになる。「のどか」とは歌いながら、乱世を背景に持つ。

年末には「内裏では御仏名・荷前(のさき)の使・内裏所御神楽・追儺等種々の行事が行われる。迎春の準備もある」(『光厳院御集全釈』解説)――そうした「年くると世はいそぎたつ」大晦日の夜である。

除夜の繁忙のざわめきが、すでに退位してそうした営みに無縁になった私には、なすべきこともなく心静かに、しみじみとなつかしく思われることだ。のどやかな年の暮れと味わえばすみそうだが、上句には、どうもすっきりしない気分が隠れているようだ。

岩佐は、この一首の【参考】に次のような歌を引いてくる。ちなみに【参考】は「本歌本説、作者が影響を受けたかと思われる先行歌・同時代歌、その他解釈上参考となる作品を掲げた」と「凡例」に記す。

 

まぎれすぎし昔の年の暮だにありのどけき今をさて過ごさめや  伏見院御集1433

さぞありし今宵よいかに事しげみまぎれかすらん百敷のうち     同  1437

いたづらの身にはいそがぬ春なれば年送る夜の今ぞのどけき     同  1922

 

いづれも伏見院の歌である。年の暮れの繁忙のざわめきが、退位したからこそなつかしく思い起こされる。今はその繁忙にかかわれないことをつくづくと思い知らされるのが上皇にとっての年の暮れだということだ。

伏見院は、京極為兼とのかかわり深く、中宮永福門院を含め京極派和歌の中心に立つ。為兼の失脚は、天皇退位につながった。不本意な形で譲位せざるをえなかった伏見院には、のどかな年の暮れには身に沁みるような思いがあったのであろう。

伏見院の一首目の「のどけき今」、そして今日の一首に揚げた光厳院の「のどかにもののあはれなるかな」、両者「穏やかにやさしい物言いの中に、皇位を失った天皇の無念を、むしろ深刻に語っている」と岩佐は読み解く。

その気分は、癌の再発を恐れて退職して何するなく過ごす今の私の境涯に似たようなところがあるのだが、もちろん同じであるはずはない。ただ「年くると世はいそぎたつ」という、どこか嫉妬を含んだような表現にいささかながら共感をする私がいる。