馬場あき子『あかゑあをゑ』(2013)
どこかの雑誌に、岡田朝雄が選び解説した『百蟲一首』という本が面白いと、馬場あき子が書いていた。岡田朝雄といえば著名なドイツ文学者で、ヘルマンヘッセの訳でも有名な人だ。日本昆虫協会の役員もしているということで、この本は100種類の昆虫の短歌を選んで集めたものらしい。方々探し回ってみたが、200部しか発行されておらず国会図書館にさえなく残念だった。花の歌などのアンソロジーはよくあるが昆虫は珍しいだろう。
馬場あき子のこの歌も虫の歌でインパクトのある一首だ。まずその「ドクロメンガタ蛾」という名が強烈だ。漢字だと「髑髏面型蛾」と書くのだろう。調べてみると、この歌のとおり大きな蛾で、あやしい模様を体と翅に持った茶色い蛾である。映画にもなった「羊たちの沈黙」のポスターの顏の口許にいる蛾も同じ仲間なのだ。(犯人は被害者の口の中にこの蛾のさなぎを押し込めていて、それには重要な意味があったらしい。)結句の「鼠の声す」。蛾がそんな声で鳴くというのも不気味な感じがして、この怖さがとてもいい。
うれしい時なぜかメジナのやうな唇してゐる車窓に雪の山見えて
魚ではいちばん可憐な貌をして平凡なスズメダイまた逢はうね
こういう歌もある。一首目、これは作者自身のことだろうか。調べてみるとメジナは結構大きな魚で唇があるような口許をしていて面白い顔だ。歯が多いのも人間的である。作者は口を開けているのだろうか。嬉しい時の顔を比喩するのに面白いものをもってきた。また二首目の「スズメダイ」という魚は目がとても大きく口がちょこんとついていて、どことなく雀にに似た顔つきである。小さな魚で観賞用、もしくは食べたりもするらしい。結句、話しかけるように終わっていて愛情がこもっている。インターネットには、この魚を知っていたら「達人級」と書いてあった。「これといつた目的もなくデパートに入つて鮮魚の顏みてゐたり」という歌もあり、別に、釣りや水族館に行かなくてもちょっと気を付けていれば、魚の顏と名前が憶えられるのである。楽しい二首だ。
ごはん粒でもかかりしむかしのさかなたちやさしかつたよ童顔をして
これは、昔釣りをしたことを思い出して詠んでいる歌だろう。息子もよくうどんを一袋買って近くの川で釣っていたことがあるが、これはもっとさらに昔のことだ。「童顔」のおだやかな顏の魚たち。今よりももっとのんびりと水が流れ自然が豊かだったころのことだ。
羊歯よ羊歯めでたく繁る夏がきてじくじくと貧毛類の国生れゐつ
多毛類と貧毛類とがいるらしい。多毛類は海にいるゴカイなど。貧毛類はミミズの種類だ。羊歯は日陰に美しく茂りミミズが土の中に這いはじめる。どこか古代の林の世界をみているような一首でもある。作者は女性だが、気持ち悪い生き物でも毛嫌いせず、逆に好奇心をもって詠んでいるところに、本当の意味での命を知っているように感じる。