さいかち 真


カポーティ―のお洒落短編読み終へていたく冷えたる鯖寿司つまむも

島田修三『帰去来の声』(2013年)

 ぱっと手に取ってめくったら最初に目に飛び込んできた歌。ちょっと機嫌のいい時のアフターの過ごし方、というような感じだろうか。もしくは新幹線の中かもしれない。同じ一連のはじめの方には、

 

起きいでて「人生いろいろ」を歌ひをる(さい)のこころは分からぬがよし

 

というような歌もあって、思わず吹き出す。

 

自虐とも自負ともつかぬ近況を聞きつつ俺はぬるき潮だまり

 

この歌は、そうだねえ、などと下手に賛意を示すと逆襲される場合があるので、曖昧に返事を返している。はっきり言いたいことも言わないから腹の内がよどんでくる。

ああいへばたちまちかういふ屈強のジーンズ姿の婆に会釈す

ご近所か、同じ職場か。どちらかと言うと苦手な相手なのだろう。これを「ああいえばたちまちこういう」と書いたら、ストレートすぎておもしろくない。旧仮名表記がうむ諧謔である。島田修三の歌は、このように人間関係の機微と心理のあやを絶妙に描きだす。

 

靴音のしきりに耳につく夕べ広汎性発達障害(アスペルガー)の学生を帰す

見えざるが争ふ気配の空合をあふぎて煙草に火をともすなり

職責のうながす俺のこゑにしてなんだかなあ まぶし午後の陽

 

短歌は、はっきり言ったら誤解をまねいたり、建前論で反論されたりしてしまうような感情ですら、いったん肯定して歌うことができる。それが短歌のおもしろさである。島田修三の歌は、そこのところで自由闊達である。

 

編集部より:島田修三歌集『帰去来の声』はこちら↓

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