松村 由利子


消印は二十世紀の冬の日で互いに今は届かぬ住所

                 樋口智子『つきさっぷ』(2008 年)

 年賀状の返事もだいたい書き終え、各地から届いた賀状をゆっくり読み直す冬の夜はいいものだ。去年より前の年賀状もそろそろ整理しなくてはならない。そんなときに、この一首をふと思い出した。
作者が思い返しているのは、親しかった人なのだろう。ある時点までは、手紙や年賀状のやりとりを頻繁にしていたような感じを受ける。「今は届かぬ住所」であるのは、単に転居したというだけでなく、しばらく音信が途絶えてから手紙を出した際に、「転居先不明」で戻ってきてしまったような、そんな状況を思わせる。「どうしているだろう。私の方も引っ越しちゃったからなぁ……」
「二十世紀」という大づかみなとらえ方が、茫漠とした悲しみを漂わせている。「○年前の冬の日」と表してもよいのに、まるで前世紀に置いてきてしまったような表現に、あきらめと後悔が滲む。
もしかすると、相手は友人ではなく、かつての恋人かもしれない。そうであれば、なおさら歌の切なさが増す。そして、「今は届かぬ住所」というのは、まるでこの世のどこにも存在しない場所のように思えてしまう。「届かぬ」のは、郵便物だけではなく、互いの気持ちなのだ。