魚村 晋太郎


毒のない方を選んでくださいとりんごの赤と黄が並べらる

大口玲子『ひたかみ』(2005年)

林檎はアジア西部からヨーロッパ南東部の原産。
貯蔵性が高いので、一年を通して店頭にならぶが、多くは10月頃から収穫される。
ヨーロッパでの栽培の歴史はふるく、4000年以上前にはすでに栽培がはじまっていた。
旧約聖書の、アダムとイヴが食べた知恵の実は、聖書にはそういう記述はないが、林檎だと考えられることが多い。
ギリシャ神話には、争いの女神エリスが「いちばん美しい女神にあたえる」といって投げ入れた黄金の林檎をめぐってヘーラー、アテナ、アフロディテの三女神が争い、トロイア戦争の遠因になったというエピソードがあり、「パリスの審判」として画家の好む題材になった。

毒入りの林檎といえば、誰もがグリム童話の白雪姫を思い出す。
「世界でいちばん美しい女性は?」という王妃の問いは、パリスの審判と通じるところがある。
林檎は、知恵、不死、豊穣、美、愛、など様様なシンボルとして知られてきたが、白雪姫の毒林檎は、死と再生のシンボルであり、少女が女になるための通過儀礼とも考えられる。
心臓のような林檎のかたちと色、女性器の線画のような断面にも関係があるのかも知れない。

主人公の目の前には色のちがうふたつの林檎がならべられている。
どちらかひとつには毒が入って、どちらかを選ばなければならない。
究極の選択、であるが、主人公はほんとうに、毒のないりんごを選ぼうとしているのだろうか。
ほんとうの迷いは、どちらが毒のないりんごなのか、ではなく、毒のあるりんごを選ぶかどうか、であるような気がしてくる。

たとえば有夫恋。
破滅的な関係だと知りながら、毒に魅せられるようにのめりこもうとする自分がいる。
そして、そんな自分を見つめる、もうひとりの自分。
その視線は冷静だが、ただ見ているだけで、破滅にむかう自分をとめることはできない。
ふたつの林檎は、そんなふたりの自分の投影なのかも知れない。
夢のなかのシーンのような一首には、つめたい空気にひろがる林檎のしんとした香りがただよっているようだ。