さいかち 真


常よりも敵のピッチののろしとぞ見るはすなはち進み抜きたる

加藤將之 『対象』(昭和十六年一月刊)

 ボートの試合の歌である。作者は旧制の八高生(名古屋)だった。いつもは強い相手が今日は遅いぞ、さあ行け、追い抜け!というようなシーンだろうか。この作品は大正十二年の章にあり、この歌のひとつ前の一連に「七月三十日夜、京大主催にて参加四高等学校選手歓迎会大津公会堂に開かる」とあるので、この作品は、作者がクルーの仲間とともに琵琶湖瀬田川コースで開催されていた京大主催・全国高校優勝競漕大会に参加した折のものであることがわかる。なかなか人の目には触れない歌だろうから、なるたけ引いてみる。

 

月のある疎水の水をにらみ見てたたかふことを忘れずに帰る

両軍のクルーをならべ意気を説く荒木総長にはうれひなからむ

心あがることなしとせず相笑みて敵をたふすと歌ひ出でしあはれ

艇すべると底ぢからあげしわがおらび全艇和して心おちつく

眼をつり上げ一せいに叫びあげたるよわれら勝ちぬと六人の口が

その眼ひきつりたりし整調のあたまには水をぶちかけもせし

 

どうやらこの試合は勝ったらしい。興奮のあまり眼(まなこ)がひきつった「整調」のあたまには、水がぶっかけられている。「六人」には「むたり」と振り仮名がある。日本ボート協会のホームページを見ると、図解の説明のあとに「艇首に最も近い漕手を舳手(バウ)と呼び、順に2番,3番,4番,5番6,番,7番、そして整調(ストローク)と呼びます。舵手(コックス)は整調と向き合って最も船尾よりに位置します。」とある。この半分の規模のものがフォアだから、六人というのは、現代のボート競技より人数が少ない。ストロークの「整調」という呼び方は、大正時代以来の由緒あるものだということが、この歌からわかる。