松村 由利子


筒型のMRIに万歳のかたちにありて想ふ回天

       鈴木良明『ランナーと鳥』(2011年)

 

八月が来ると、人々は戦争を、原爆を、思い出す。そして、平和について考える。けれども、八月以外の季節、折々に戦争を振り返ることも大事だと思う。

この歌の作者は、MRI(磁気共鳴画像化装置)による検査を受ける際に、両手を上げる「万歳のかたち」をとらされ、とっさに太平洋戦争末期の人間魚雷「回天」を思い出した。

回天の内部は操縦するのがやっとの狭さで、ほとんど身動きできなかったという。脱出装置はなかった。いったん出撃すれば、攻撃の成否にかかわらず命はなかったのだ。それにもかかわらず応募者は多かった。その中から「身体健康で意志強固な者、攻撃精神旺盛で責任感の強い者、家庭的に後顧の憂いのない者」が選ばれたという。

志願してその暗くて狭い空間に乗り込んだ若者たちは、最後に何を思ったのだろう――MRI装置内に寝かされた作者でなくても、ぶるっと身震いしてしまう。

一首を読み終えたとき、「万歳」という言葉が思いがけない禍々しさを伴ってよみがえってくる。新聞の特集記事やテレビの報道番組を目にしたときではなく、日常のふとしたときに戦争をまざまざと思い出す想像力こそ、私たちの持ち得る最大の力ではないかと思う。