松村 由利子


玉砕の父の短き人生に恩給というつぐないきたる

       田中愛子『ひつじかい』(2015年)

 

「玉砕の父」であるから、「恩給」は恐らく軍人恩給を指すのだろう。遺された家族が公的扶助を国から受給する――しかし、それは本当に「つぐない」になっているのだろうか。ひらがな書きの「つぐない」には、作者の疑問、あるいは皮肉がやんわりと込められているように思えてならない。

恩給は三カ月ごとに支払われるので、毎月よりも「きたる」という感じがするのかもしれない。あるいは、作者の母が「戦没者等の妻に対する特別給付金」を受け取った可能性もある。いずれにせよ、そしてどれほどの金額であっても、亡くなった人は戻ってはこない。

 

我が裡の戦後終らず白木の箱を抱きたりしは十三歳の夏

亡き父の軍事郵便あせたるをしかと抱きしめ母逝きたりき

いつからか開戦記念日は語られず亡父は静かにわが胸にくる

 

作者は現在八十二歳。父上はルソン島で戦死したという。父の顔を知らずに育った子ども時代も悲しいが、大きな存在だった父を亡くすという経験はどれほどの衝撃と悲しみだろうか。

三首目の苦い思いにも胸を打たれる。敗戦の日を記憶するのも大切だが、なぜ「開戦」したのか、という検証もまたわすれてはならないことである。