松村 由利子


二十五年勤めつづけて女たちまだ胸に飼ふ透明な鳥

       土屋千鶴子『月曜と花』(2015年)

 

同期入社、あるいは同学年の仲間には特別な連帯感を抱くものだ。この作者にとっての「二十五年勤めつづけ」た「女たち」は、役所における同期入庁の仲間である。男女雇用機会均等法が施行されるよりも少し前の入庁であったことを思うと、その「二十五年」がどれほど大変だったかが想像できる。

「透明な鳥」は、理想や夢の象徴と読んだ。「青い鳥」よりも、もっと捉えることのかなわない、この世の鳥ではない存在を思わせる。二十五年も勤めれば、酸いも甘いも嚙み分ける年齢となり、正しい意見が必ずしも通らない現実や、自分の力の及ばない無力感を直視せざるを得ないことがままあるに違いない。けれども、なお、彼女たちは「透明な鳥」を大切に飼い続けているのだ。

この歌の要は「まだ」ではないか。さまざまな体験を重ねつつも、入庁当時に胸に抱いた美しい夢や理想を今も掲げる「女たち」は何と健気なのだろう。もちろん、男たちにだって健気な面はあるだろうが、彼らは世故に長けるのが早いような気がする。青くさいと言われようが、理想に過ぎると言われようが、女たちは公私にわたって「透明な鳥」を大切にする。そのことに深い共感と愛おしさを感じるのである。