声なきは静かな脅威蟻の群れにじつとりと昼を囲まれてゐる

川瀬千枝 『山上の海』(2015年)

 この歌の前には、次の歌がある。

 

炎昼を人呼ぶからに裏木戸を開けてまた閉づる一閃の風

 

この夏は、何度か昼寝をする時間がとれたのがうれしかった。最近はあまり昼寝というものをしなくなった。でも、真夏はそれでは体がもたない。子供の頃、夏休みになると農家だった母の実家に泊まりに出かけた。エアコンなどのない時代だから、昼食後の暑い時間帯は、農家ではみんな昼寝をする。掲出歌は、その雰囲気を思い出させる。たしかに真夏のまったく無音の時間帯というものはある。強い日差しに照らされながら動いているのは、無数の蟻だけなのだと感じられるその怖ろしさ。

 

わが山に巨大タンクありだくだくと大井川の水渦巻きをらむ

備ふるは東海地震ぞ里山を占めてタンクはその時を待つ

 

歌集を読んでいると、物知りになることがある。「備ふるは東海地震ぞ」というのが、なかなか現実味を帯びた言葉である。

 

川ふたつ巴、足助の出会ふ見ゆ出あひて気負ふなく別れゆく

 

この歌は説明が必要で、足助(あすけ)川は巴川に合流する支流である。ところがちょうどТ字形に交わっているので、遠目には交わったところで川が整然と二別れしているように見える。それを「気負ふなく別れゆく」と言ったところがおもしろい。これはいまネットで調べたのだが、この地域の河川や治水関係のホームページはなかなか充実している。地図あり写真あり、釣り人のブログは川の表情まで教えてくれた。

作者は、軽快なフットワークで静岡県を中心に歌の材料を見つけて歩く。歌の言葉も即物的で、きびきびとしていて停滞しないところがよいと思った。