松村 由利子


取るの字は耳を取るの意 月光のしじまの中に耳取られたり 

        伊藤一彦『月の夜声』(2009年)

 

どうして「取る」の字に「耳」があるのだろう、とうすうす気味悪くは思っていた。しかし、昔の中国で戦いに勝ったしるしに敵兵の耳を切りとったことから「取」という字が生まれたとは、この歌を読んで辞書を引いてみるまで知らなかった。

何とも残酷な成り立ちなのだが、この作者はそのことはさらりと流して、月光に照らされた夜の静寂に浸っている。そして、その静まり返った空間に自分の耳は取られてしまったよ――と、うっとりしながら言う。

前半の「耳を取るの意」で、読む者はどきどきさせられる。けれども、後半の「耳取られたり」で作者の見せる幸福そうな表情に、自分もまた「月光のしじま」に耳を取られたいと思わされてしまう。耳は目のように自ら閉じることのできない器官である。現代社会では、さまざまな喧騒が否応なしに耳に飛び込んでくるから、「耳取られたり」というような静けさは、なかなか得られない。

歌集のタイトル「月の夜声」は、「月夜に聞こえる声。また月の光のように、澄んで聞こえる声」を意味する。後記には、「世のもろもろの『澄んで聞こえる声』に耳を傾けたい思い」があったことが記されている。月光に照らされた風景は、日中とは違った異世界だ。月に耳を取られて初めて聞こえてくる声があるのかもしれない。