さいかち 真


ばあちゃん家いきたくならない? 冬に窓あけてソーセージゆでてたら

伊舎堂 仁『トントングラム』(2014年)

 石垣島在住。掲出歌には、作者の故郷につながる空気が感じられる。「ばあちゃん家」は、「ばあちゃんち」と読むのだろう。こういうところをもっときちんと出していけば、作者は今後独自の世界が築けるのではないだろうか。でも、この歌集のはじめの方の歌は穂村弘の影響が強くて、そういう歌は、いまの若者言葉で言うと、私にはちょっと「痛い」。作者はサービス精神が旺盛で、陽気である。ただ少々やかましい。私のような年齢になると、ロック・グループのボーカリスト風のハイテンションについていけない時がある。

 

ドラマーがドラムをとめて話しだすいつかくる目にあたる日のこと

元気かな ブルーハーツがだいたいは言っちゃったとか言っちゃっていた

君が次に押したキレイキレイから黒いキレイキレイが出てくる

 

この五連休の二日目に知人の歌集の批評会があって、その時に著者にも会って何人かで話をする時間を持つことができた。話していてわかったことだが、彼は岡井隆の歌をあまり読んだことがないのだそうだ。お金がなくて、高い本が買えなかったということもあるらしいが。何だって?と思った。岡井隆も読まないでこれだけの作品集を作ってしまうことができるわけか。そう言えば少し前にあった別の会の二次会で、「短歌ヴァーサス」の復刻で知ったという早坂類の歌を、自分が感動した一首としてあげていたっけ。どうも短歌への入り方とか、知識のとりいれ方、それから短歌そのものについてイメージが、私などとはちがうようだ。

 

ジャンパーの人が追い越していくときジャンパーの背中の字を見てる

元カノの姉が停めてる原付で元カノの父が自転車出せない

スチュワーデスさんがつぎつぎ現れて人数分の理由で怒る

お釣りで募金したときの二回目の「ありがとうございました」が嫌

たたかれているのはわかるはじまりとおわりはわからないせなかの手

 

私は最後に引いた歌には、背中をたたく手のあたたかさが感じられていいと思う。自分のなかでのとらえかえしの時間があって、それが不思議に永遠性を持っている。これが、短歌型式の魔法である。作者はそれをものにしているのだ。