今宵ひそと月と野良猫が登場すわが人生の野外舞台に

       築地正子『みどりなりけり』(1997年)

 

ある夜ふと外に出てみたら、月が出ていて、見知らぬ野良猫がその辺りを通っていった。それだけのことが詠まれているのだが、このしんとした寂しさは何だろうか。

「わが人生の野外舞台」という言葉に、はっとさせられる。家から出たときの歌だから「野外」なのだろうが、何だか自分の人生にとって「野外」というふうに響いてくる。猫も月も自分とは関係ない、わが人生の舞台には私ひとりが立てばよい――そんな心情に思えてならない。

 

野葡萄もみのりそめたる紫の秋をわが身はうたはざるチェロ

 

作者は生涯、独身を通し、「孤高の歌人」と呼ばれた人だ。韻律の整った清新な文体で、自然や人間を詠った。その澄んだまなざしは、とりわけ秋という季節に深みを増す。「今宵」の月は秋の夜空に冴え冴えと、作者自身の孤高のように輝いていたに違いない。