告げざりし心愛(お)しめば一枚の画布(トワール)白きままにて残す

安永蕗子『魚愁』(1962年)

実らなかった恋。永遠にたがいの暗闇を曝しあうことのない未遂の恋は、美しく記憶のなかにとどめられる。

「告げざりし心」。
告げることさえなかった想いはどうなるのだろう。身体のいちぶとなっていくのだろうか。
その想いは、秘めているのだという重力を持ち、かなしいほど大切にずっとしまわれて輝きつづけるのだろう。

ただやはり、想いを口にしてしまいたくなるときがあるはず。
秘めつづけるということにはそうとうな精神の力が必要で、なかなかできるものではない。
そんなとき、まっしろなままの「画布」に、その想いをひっそり託す。
まっしろな画布は、儚さの象徴であるとともに、強さも湛えつづけながら、部屋に置かれている。それはやがて、秘めた想いそのものとなっていくようであり、同時に読者の胸のなかにもその画布が置かれるようになる。
「一枚の画布」という具体が、永遠の想いをたちあがらせるのだ。

終焉(をは)らざる心をもちて悲しきに日増しに朱き夕映えつづく

告げることのない想いは、すなわち終わることのない想いである。
そんな想いを持ちながら生きる。
もういちど恋をするなら、こんな恋がいいなとおもってしまった。

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