はる四月白くさびしき花水木もうすぐ夫のなずき削らる

佐波洋子『時のむこうへ』(平成24年、角川書店)

 「なずき」は脳のことであるが、脳が削られるとは穏やかな状況ではない。作者の夫は脳腫瘍を患い、何度か手術をしているようだ。近くまた手術を控えているのであろう。「脳の手術」というと生々しいが、「なずきが削られる」というと何か救われる気がする。

 桜の花が散るとすぐに花水木が咲く。桜は淋しさの中にも華やかさがあるが、花水木は華やかさは少なく、淋しさが強い。理由は判らないが、色が関係しているのかも知れないと思う。桜にもいろいろな種類があるが、本土で最も一般的なソメイヨシノは淡いピンク色である。花水木の花もピンク色のものもあるが、この作品の花水木は白であるので、ピンク色の比較すれば淋しい印象を受けるのかも知れない。

 この一首では白い花水木の淋しさと、夫の手術を控えた不安とが見事に対応している。淋しさと不安感が互いに響き合っているようだ。

 なお、この歌集は、夫の病気の事の他に、作者が一歳の時に満州で生き別れた生母の死も大きなテーマとなっている。

       母の最期の顔見るならば来よと言う電話に身支度とりとめもなし

       焼くまえに顔は見るべし今生のわかれはすべし 生母にあれば

       生涯に十回あまり会いし生母 四季のあるとも永訣の冬