氷[ひ]の熱は氷室に満てりみまかるとみごもるの語のふしぎな相似

松川洋子『天彦』

(2004年、短歌研究社)

 

氷の熱・氷室、みまかる・みごもる、という頭韻がこころよく、声に出すと軽みが先立ちますが、内容は厳粛です。

まず〈熱〉という把握に魅かれます。氷が皮膚にくっついたときの痛さ、あれは熱さだったんですね! 氷室にしずかに並べられた氷塊を思うと、涼しさを覚えると同時に、こめかみが熱くなります。

氷室といっても天然のものにかぎらず、家庭の冷凍庫を思い描いてもよいでしょう。日常の風景から生まれた洞察がこのように表現されているとしたら、現代の文明が古くからの生活の知恵を呼び起こす、そんな想像力の飛距離が歌の深みを増します。

第3句以下はやや知が勝った言い方ではありますが、ふと、「祝」と「呪」の字が似ていることも思いだされました。良いこと・悪いことという平坦なレベルではなく、ハレとケガレくらいへだたりのある概念が、表面上、似ているふしぎさ。

ほんとうは、両者にへだたりはないのではないか。

そしてさりげなく〈みごもる〉を後にもってきたところに、人類が生きる希望を残そうとする作者の心の明るさを感じます。

 

咽喉を這ひのぼりくる一言をくちなはのごと締めてだまらせる

ぬばたまの闇のかなたゆ ゆらゆらと定型の脱ぎし胞衣[えな]うき沈む

 

言霊と向かいあうとき、つねに生死が意識されます。

あとがきによると、歌集名(あまひこと読む)は天に昇った男の子たち、そして天体への敬称だそうです。天に昇った、というのはそれだけで悲しい言葉です。