たまさかに共棲はじめた六十歳代皆若き日の海市見せ合う

舟本惠美『野うさぎ』

(2016年、短歌研究社)

 

言葉選びが逐一かっこいい歌集です。

60歳は、勤め人なら定年退職の年齢。その後は一概には言えませんが、男性は嘱託等として同じ職場で仕事を続けられる方が多く、女性はきっぱり職場を離れて地域活動に打ちこんだり、ふたたび大学へ通ったりされる方が多い気がします。

この歌では〈共棲〉という漢語が、まずかっこいい。同居とかルームシェアと言ってもよいのですが、共棲は生物学の用語でもある分、生命感あふれる個体同士の交流というニュアンスがあります。

そんな60代が〈皆〉でということは、けっこう人数が多そう。口々に語る若いころの話を〈海市〉と表現したのが、またかっこいい。夢、希望などでなく。

海市は蜃気楼の別称で、いずれにせよ、叶わなかった願望など後ろ向きな内容も含んだ比喩なのでしょうけれど、歳月を経て仲間に打ちあければそれも思い出、という肯定の心を感じます。

あとがきによると、いまは伊豆の住宅で作者をふくめ30人ほどのシニア女性がともに暮らしているとのこと。

 

源や狩野北条女男たちの閨の裔なり小さな集落

いやと言いよしと応えるさりながらだんまりもある共棲の家

還暦は朱色の背縫い引き抜いてしんと脱ぎ捨てる過去の衣を

 

いつも誰とでも機嫌よくいられるわけではないにせよ、「これから」を生きようとする意志を共有していることは確かです。

伊豆ゆかりの氏族、源・狩野・北条の〈閨の裔〉なんて言い方も、なまめかしくてかっこいいですね。