三井修


漂へるたましひのかたちエシャロットの若根をきざむ桜まふ午後

桑山則子『まつり』(平成25年、角川書店)

 作者は歌の素材として一貫して「桜」を追及してきているが、これはエシャロットという西洋野菜と桜の取り合わせである。エシャロットはネギ属の多年草であるが、中東原産で、十字軍がヨーロッパに持ち帰ったと言われている。因みにエシャロットという名称は中東の都市アシュケロンに由来するとも言われている。イランでは刻んでヨーグルトと混ぜて、ケバブの付け合わせなどにしている。

 エシャロットの根の部分の形はラッキョウに少し似ているがそれよりは長細い。漫画の吹き出しの部分を長くしたと言ったらよいだろうか、一端が丸みを帯びていて、反対側は細くなっている。それは見方によっては、我々が何となく抱いている魂の形に見えるだろう。勿論、魂は目には見えないものであるが、漫画などでは、人間から魂が抜ける時にエシャロットをもう少し短くした形の魂の絵が描かれることが多い。作者がエシャロットを刻みながら、それが「漂へるたましひのかたち」と捉えたことは十分に納得できる。

 誰の「たましひ」なのだろうか。読者は自由に想像していいだろうが、この作品が「ヒマラヤ杉」という小題の中に収められており、この一連はチベット暴動のことを歌っているので、中国の「鎮圧」によって命を失った若者たちの「たましひ」ではないだろうか。人権を要求して命を落とした人たちの「漂へるたましい」と、日本の一角で食事の準備のためにエシャロットを刻む作者、その二者を結ぶイメージは美しい桜吹雪なのだ。

       いま一度正面の顔にあひ対ふ阿修羅合掌薄闇に立つ

       風たちてさくらふりくる風やむになほふりやまずわれたちつくす

       つよからず風の流れに棚びける山桜そのはなびら薄し