今宵、月にシルバーベッドの影が見え老いたる鶴がひとりづつ臥す

日高堯子『振り向く人』(2014年・砂子屋書房)

 

もう長く言われ続けていることだが、高齢化がすすむにつれて介護現場の困難はますます深刻になるばかりである。一口に高齢化といっても、30年前の高齢化と今では、高齢の中身が全く違う。介護保険など制度整備ができてゆくかと思われたのも一時のことで、施策が、どんどん現実に追い越されてゆくようで、これから高齢の一人となるわたしたちは、考えれば考えるほど不安になる。

 

日高堯子は、老父母の介護にあたり『振り向く人』の歌をつくった。しかし、介護という言葉からイメージされる苦しさ辛さを吐露するのではなく、やがては誰にでも来る「老」を、身近なところで見つめている。それにもかかわらず、あまり凄惨な気持ちにならずに読めるのは、意識的に対象(ここでは老父母)との間に、ある距離を置いているからであろう。その距離が作歌意識、あるいは創作意識なのである。物語化といってもよい。たっぷりとした文体にとらえられた対象の輪郭が鮮やか。

 

夜間の病院だろう、月光に「シルバーベッドの影」が浮き立ち、鶴のように痩せて衰えた老人が並んで横たわっている。それぞれ孤立した「鶴」は、冷たく寡黙で寂しく、また、ひっそりと静かに生を終えようとして清らかだ。それをとらえる複雑な眼差しもおのずから思われた。

 

またきてね またきてねと消えぎえの発光虫となりし母かも

大地震の過ぎし草地にどこよりか落ちて来た斑の卵がひとつ

ひだまりのたんぽぽのやうに人に笑む母の九十歳(くじふ)の新しき顔