松崎英司『青の食単(レシピ)』(2009)
作者は日本料理店の料理長。
歌材として、食材がふんだんに登場し、その調理法もさすがプロだと思わせる。
そうした、ふだん知ることのできない世界を、短歌形式に乗せて見せてくれるのは、価値のあることだ。
ただし、それだけでは、ただのギョーカイ裏話である。どんな素材であれ、その切り取り方にキレがあるかどうかが、歌の良し悪しを決める。その点、松崎氏は歌人としてもプロである。
さて、この歌。料理人の感情を隠さないのがいい。
生きたままの魚介に包丁を入れ、言ってみれば、日常的に〈死〉の瞬間に直面しているはずの日本料理の料理人。
しかし、そこには食材への当然の感情がある。それは、今年50歳になられるプロもそうなのだ。
仕事であるとはいえ、残酷であるとアタマのどこかで認識している。しかし、やはり仕事である。相手の目を摘み取ってまで作業を続けなくてはならない。壮絶な戦いのシーンである。敬意の裏返し、などという甘い言葉ではつかめない感情があるのだろう。
・活け蛸の足を切り分け当り棒に叩き叩きて明日を思はず
(作者注。当り棒=擂粉木)
こういう歌もある。ただし、これは、心にひっかかりを覚えたから歌にしたという逆説的物言いである。明日の自分、大きく言えば、輪廻転生する自分の姿を見ているのかもしれない。