中津 昌子


厚らなる手の感觸はあくしゆせる時以後夜のいねぎはまでも

森岡貞香『九夜八日』(2010年)

 

人と握手をして帰ってきた。

「厚らなる」というと、どういう感じだろうか。
厚みがあるのはもちろんだが、この言葉は、なにかさらに含みをもって感じられる。

 

手は、どうも男の人の手で(それもあまり若くなく)、大きくて、少し乾いた感じのもののような気がする。
その信頼に足る分厚さは、その人本来の感じであり、それがいつまでも受け取ったものの胸をぬくめたのだ。

 

「いねぎはまでも」という結句が、とてもうまいと思う。この言葉によって、それまでの時間だけでなく、握手が、眠ろうとする時の気持ちを包み、さらに眠りをもやすらかにしたであろうことが思われる。

 

一首のなかに含まれる、時間の長いぬくもりが、読むものの時間をまた、しずかに豊かにする。