久々湊盈子『あらばしり』(2000年)
かぼすをどんな料理に使ったのだろう。
そのさわやかな、すっぱい香りが手に残っている。
いい香りというものは、人の心をしずめ、ささやかなしあわせの気分を運んでくる。
さて、ひと仕事を終えた指は、その香りにつつまれながら、帽子を編む。
ひと編み、ひと編み。
はじめて冬を迎える、というのだから、赤ん坊のもの。
これから長い人生を送るもののため、せめて最初の冬の寒さから守ってやろうという気持ちは、そうしている人自身の心もあたためる。
かぼすの明るい色が背後に照るようで、その匂いとともに、年齢の離れたふたりの生を包み込む。
「迎う」は「つむり」にかかるから、正しくは「迎うる」だが、「残れる」との重なりをきらったのだろう。