生沼義朗


高島裕/労働は、寒い。つかのま有線の安室をなぞるくちびるを見た

高島裕『旧制度(アンシャン・レジーム)』(ながらみ書房・1999年)
※『旧制度』は邑書林のセレクション歌人17『高島裕集』に全編収録されている。

 


 

正月三が日は、今年も初詣や年賀の挨拶に出かけたりでそれなりに忙しかったのだが、出先でももちろん働いている人を見かけた。大変だと思うが、人出の多い神社の警備員や駅員やコンビニの店員など、誰かがしなければならない仕事はたしかにある。掲出歌にまずそんなことを思ったりした。

 

「労働は、寒い。」はもちろん作中主体の声だ。「辛い」といってしまうと途端に平板かつ凡庸な印象が出て来てしまうが、「寒い」と言っただけでそのロケーションや労働の辛さはもちろん、何故働くのかや自分は何者か、経済とは何かなど、さまざまな問いや問題点が浮かび上がってくる。施されている句読点も噛みしめるような間を持っていて効果的である。

 

「つかのま」以下は、第三者の行動を作中主体の眼を通して描かれる。高島は清掃業を生業にしており、『高島裕集』巻頭の著者近影も仕事着の写真だ。作者のパーソナルな情報を安易に読みに組み込むのは最近は批判が多いところだが、掲出歌の場合は補助線として有効に機能する。

 

有線放送が流れている場所でまず思い浮かぶのは店舗だが、この場合はショッピングモールなどの比較的大規模な商業施設を連想する。清掃という労働中のほんの束の間に、通りすがりの見知らぬ誰かが、その場に流れている有線放送の「安室」つまり安室奈美恵の曲を思わず口ずさんでいるのを見かけた。曲目は「CAN YOU CELEBRATE?」を自分は連想したが、これは読者がおのおの好きな曲を連想すればよく、「Chase the Chance」でも「Don’t wanna cry」でもよい。口ずさめるくらいだからある程度以上有名な曲だろう。

 

重要なのはどの曲かよりも、作中主体が「安室をなぞるくちびる」に対して心が動いた、もっと言えば作中主体の心と「安室をなぞるくちびる」がシンクロしたことである。理由は単純に労働からの瞬間的逃避と捉えてもよいが、仕事中だから曲を口ずさんだり鼻歌まじりとまではなくても、仕事中でも頭や心に曲が流れることは自分も普通にあるし、そこまでいかなくとも潜在的に自分の頭に入っている曲が「なぞるくちびる」を「見た」ことで刺激されて想起された以上のことは充分読める。

 

安室奈美恵は2018年9月に芸能界を引退した。この点でも隔世の感はあるのだが、「安室」の固有名詞は時代で変わり得るのかもしれない。たとえば今だったら何になるだろうか。流行っていて世相を図らずもあらわす歌手や楽曲である必要はもちろんあるが、AKBとかではやはり違う気がする。その意味で、「安室」を選んだのは事実かどうかに関係なく、作品として絶妙といえる。

 

掲出歌は、個々の具体的な仕事を詠んだ職場詠ではなく、労働そのものを詠んだ労働詠として屈指のすぐれた歌である。その理由を思いつくまま記してみた。