生沼義朗


田口綾子/ほんたうにアホだしいいやつだと思ふ「寄り寝」一語に大喜びで

田口綾子『かざぐるま』(短歌研究社・2018年)


 

田口綾子の第一歌集『かざぐるま』は、古文講師としての歌が多い。

 

 

せんせい、と呼ばるるときにわがうちの恩師いつせいにわれを見る
せんせーには女子力がないと言ふやつを目で黙らせる女子力のなさ
意思と意志どう違ふかと上履きのかかと潰して質問に来る
非常勤講師(せんせい)に進級はなくさんぐわつの余白あたりをもぞもぞとをり
それはいい質問ですが脚注を見ないおまへにカノジョがゐない
空欄(しろ)に×(あか)、あはれむやみにあかるくて授業内容をわれはうたがふ

 

 

非常勤という立場の不安定さや、人相手だからこそ思うようにいかない仕事を通した内省が作品の味わいになっていて読ませる力がある。職場詠はどの歌を引いてもいい。

 

掲出歌も、男子生徒の生態がまざまざと浮かんでくる。「寄り寝(よりぬ)」は文字通り、「寄り添って寝る。ともに寝る」の意味である。若い女性の教師からちょっと色っぽい言葉が出て来ただけで、教室は大騒ぎになってしまった。中学か高校かははっきりしないが、歌の意味内容からすると中学生という気がする。また、他の歌などから察するに男子校なのではないかとも思う。この場に女子生徒がいれば、もう少し抑止が効きそうな感じもするのだが、その気配がない。想像だが、ひとりの男子生徒が騒ぎ出してしまい、あっという間に教室中に伝播してしまったのではないか。その様子を教壇から眺めながら、アホなんだけど無邪気でいい奴でどこか憎めない。だけど悪意がないだけかえってタチが悪いし、先生の側からすれば腹立たしいことにはかわりがない。そのあたりの処置なしといった諦めや、ほとほと呆れ疲れている感じがよく伝わってくる。

 

「思ふ」で三句切れにしているのも渋い技で、下句を語り出すまでに一瞬の息継ぎがあり、そこに軽いため息が混じる。さらに上句と下句を倒置にすることで作中主体の心理的屈折がまざまざと滲み出ている。特に「ほんたうに」に実感がこもっていて、ここから一首を詠い起こすあたりもツボを心得ている。自分も中学高校と男子校だったからよく分かるが、男子生徒の騒々しさや、生徒の未熟さや頭の悪い感じがよく出ている。なにより、いきいきと人物が描かれている歌は、どの歌も面白い。

 

田口は短歌で人物を描くのが上手い。歌集の掉尾に置かれた「闇鍋記」一連も、人物(特に服部真里子)がよく描けている。この描写力は田口の歌人としての強みであることは間違いない。

 

『かざぐるま』は他にもいい歌は多く、田口の歌の魅力は職場詠に限らないのだが、以下は次回とさせていただく。