生沼義朗


有沢螢/春三度(みたび)われに巡り来 動かざる手足やさしく撫づるごとくに

有沢螢『シジフォスの日々』(短歌研究社・2017年)


 

有沢螢(ありさわ・ほたる)の『シジフォスの日々』は第4歌集である。

 

歌集題の「シジフォス」は、ギリシャの神々に逆らったため、罰として大きな岩を山頂まで運ぶことを命じられた神話の人物だ。運んだ岩は山頂に着いた途端に転がり落ちてしまい、シジフォスはそれを繰り返す無意味な苦役を運命として強いられる。「しかし、このような不条理な運命や様々な不条理な人生も、それを自らの意志で選び取れば、実存的な喜びになるのではなかろうか」と、あとがきで有沢は記す。

 

有沢は定年を2年後に控えた2013(平成25)年4月、髄膜炎により首から下が動かない四肢麻痺となった。やはりあとがきの有沢の言葉を借りれば「脊髄が菌に侵されたため焼野原にな」り、一時は自発呼吸もできない状態だったという。しかしその後奇跡的な回復を果たし、倒れて4ヶ月後の有沢自身の誕生日の朝に人工呼吸器を外すことができた。訓練の末に現在では会話も可能であり、口述筆記による作歌も行っている。

 

『シジフォスの日々』は、第3歌集以降に詠まれた1100首の歌の中から、病床で作歌された歌のみ379首が編年体で収められている。

 

掲出歌は、平易な表現に生に対する実感がしみじみと滲む。「動かざる手足」は前述の事情を知っていればより理解は深まるが、知らなかったとしても何か重大な事態だとは誰でも気づくだろう。「やさしく撫づるごとくに」には、手足が動かないなかでも自身の感覚を最大限に駆使して感じ取る、言わば全身でつかみ取った表現と言える。

 

冒頭に二句切れで提示される「春三度われに巡り来」には、寝たきりになってから3年目の春を迎える感慨があふれている。文体の構造が倒置になっているのも、まず率直な感動が一首に表され、ついで自身の現状をあらためて振り返る姿が見えてくる。こころの動きに忠実に言葉が並ぶのは、有沢が口述筆記で作歌している現状と深く関わる。『シジフォスの日々』一冊を読んでいると、短歌は源流をたどれば歌謡であり、歌うの語源は訴うから来ていることをあらためて感じる。

 

 

見舞ひくれし酒井佑子の頬ずりにいのちの砂の熱く流れ来

 

 

『シジフォスの日々』に栞文を寄せたひとりである酒井佑子は、有沢の所属する「短歌人」の歌友でもある。病臥する有沢のお見舞いに来た酒井が、枕元に顔を寄せて頬ずりをする。有沢も酒井もよく知っている自分には、これが事実であろうことや様子がはっきりと浮かぶが、別に知らなかったとしても解釈に困らないし、親友が親友を見舞う親愛の情を誰でも感受でき、それで必要十分である。下句の「いのちの砂の熱く流れ来」は、何が具体的なものよりは感覚的なものだろうが、頬ずりに感動した様がビビッドに伝わる。「いのちの砂」は、たとえば「いのちの水」などの表現よりもさらに確かな現実の手触りがあり、それを「熱く流れ来」と感じた有沢のリアルな体感がより濃く一首に刻まれる。

 

そういえば、ここしばらく有沢のお見舞いに行っていない。毎年、大体ゴールデンウィークの頃に伺うことが多いのだが、今年は10連休もあったのに行けなかった。近々一度伺わなければと思っている。一度、奥さんも連れてきてほしいと言われているので、一緒に連れて行くつもりでいる。