生沼義朗


沖ななも/熟れすぎの桃の匂いののぼりたち捏ねあわされて昭和はあるも

沖ななも『衣裳哲学』(不識書院・1982年)
※『衣裳哲学』は砂子屋書房の現代短歌文庫34『沖ななも歌集』に全篇収録されている。


 

『衣裳哲学』は沖ななもの第1歌集。35年以上前の歌集で、歳月の経過をあまり感じさせない部分と、さすがに感じさせる部分と、現在の短歌につながっていると思える部分とが混在している印象がある。

 

沖の師である加藤克巳が序文で「虚無なんかではない。といってぬれた抒情などというものではもちろんない。ドライなようで、すこし皮肉っぽく、かといって、ひねくれてなど毛頭ない。自らの直観をだいじにした、まことに率直な、現代の詩であり、現代の短歌である」と述べている。正しい指摘だが、やや抽象的で漠然としている。ここを糸口にして今回は読解を始めてみたい。

 

1982年つまり昭和57年に出された歌集なので、現在の令和の世からふた時代前の「昭和」を回想する歌ではない。掲出歌の「昭和」は時代の真っ只中であり、同時に50年以上連綿と続いている時代である。もちろん、その継続性の中には戦争などの要素も含まれる。そうした「昭和」を「桃の匂い」、しかも「熟れすぎ」て「のぼりた」った上に「捏ねあわされ」たものと形容する。生きている中で美的なものや詩を見つける感性と、違和を感じ取って指摘しようとする文学的精神が共存している。

 

 

喉仏に陽をあびながら眠るきみ遠くに電話鳴り止まぬまま

 

 

電話は昔ながらの黒電話を想像するが、電話が鳴り続けているのに起きないのだから、この「遠く」はおそらく自分の家ではない。どこか余所の家で電話の呼び出し音が鳴っている。それだけなら普通の日常の歌だが、初句二句の「喉仏に陽をあびながら」が現実の異化であり、詩の成分である。「きみ」は端的に異性を想像させるが、ここにもエロス、それも単なる男女の性的なものではなく、生に対する本能としてのエロスが漂っている。よく指摘されることだが、沖は短歌よりも詩を先に作っていたこともあって歌の詩性が濃い。その詩性が下句の具体的な場面の描写と重なるとき、実にドラマチックな景色が立ち上がる。そして描かれる景色と抒情はあざやかでありつつ、短歌的抒情には簡単に流れない。

 

 

遠くだけをずっと見ていた罰としてわたしの網膜で点滅する木木

 

 

沖に樹に関する歌やエッセイが多いのは有名だが、『衣裳哲学』にも樹の歌が要所要所に出てくる。下句の「わたしの網膜で点滅する木木」は身体感覚だが、上句の「遠くだけをずっと見ていた罰」は身体感覚を知的に処理している。そしてこれは、この歌に限らず沖の多くの歌に見られ、さらに知的処理が理を感じない自然さを常に保っているのが沖の歌の特徴である。

 

 

霊柩車が雨水はねて走りぬけしずかに水がもとにもどる間(ま)

 

 

下句に発見と詩があるのは言うまでもないが、あえて注目したいのは、「霊柩車が雨水はねて走りぬけ」である。霊柩車でなくても車なら現象に差があるとは思えない。強いて言えば、雨水をはねる以上車が大型であるにこしたことはないかもしれないが、それでも絶対に霊柩車でなければならない必要はない。ではなぜ霊柩車かといえば、この一首には死のイメージを内包しておきたかったからではないか。なぜかは推測に過ぎないが、現実を異化することによってもたらされる詩はもちろん、社会に対する距離感を保ちたかったからと考える。沖にとって歌を詠む行為は、言葉で世界との関係を捉え直す行為に他ならないからである。

 

『衣裳哲学』は収載歌数が280首で、当時はわからないが、現在の感覚では第1歌集の歌数としてはやや少なめといっていいだろう。しかしこの一冊を読むのに結構な時間がかかった。悪いことではなく、一首一首の滞空時間が長く、また濃いということだ。その濃さが先述の要素を端的に現すエッセンスなのだと思う。