花山周子


吉田恭大/ここは冬、はじめて知らされたのは駅、私を迎えに来たのは電車

吉田恭大歌集『光と私語』(2019年・いぬのせなか座)


 

前回、『光と私語』1章における歌の背後の定型に隙間が見えるということを書こうとしたのだけど、それはつまり、作品が「定型の解体」に向かっているということだと思う。作品というのはどんな分野にせよあるいは破壊的なものであってもアウトプットするという意味では基本的には構築のベクトルに発揮されやすいもので、だから前回挙げた塚本邦雄や堂園昌彦、永井祐も構築型だと思うし、プロレタリア短歌や新短歌も、フラワーしげるなんかもそういう意味では構築型だと思う。斉藤斎藤の『人の道、死ぬと町』における連作は、吉田とは全く違う意味での解体型なんだけど、あれは、連作の外部にプロットが置かれていて、そこの論理に従って歌がつくられていくような、外部からの確信に基づかれた改革型という気が私はしていて、そういう土台の上で一旦解体したところに再構築するみたいなことが連作によって成されている。だから、連作の中に、人の歌を確信を持って置くようなことが可能になるのではないか。もちろん、一首一首は内部からつくられてもいるんだけど。ともかく、だから斉藤斎藤の歌もやはり強い意志に基ずく構築型だと思っている。それで、話がそれはじめたけど、とにかく、吉田の1章の歌というのは、そういうのとは違って、歌というミニ四駆をいじるような手つきがあるのだ。それも一旦分解してからタイヤにやすりをかけるような緻密な改造が施されて定型に組み戻されているような。で、これは表面的なテクニック以上に、歌の扱いが根本的に変質しているのだと私は思っている。

 

ここは冬、はじめて知らされたのは駅、私を迎えに来たのは電車

 

これも1章の歌なのだが、この歌について、堂園昌彦が栞で次のように書いていて、

 

 「冬」という季節、「駅」という場所、「電車が迎えに来た」という出来事は描かれている。一方でここがどこなのか、何を知らされたのか、なぜ電車が迎えに来たのかは説明されていない。詳細抜きに出来事の周辺情報ばかりが描写されるが、強いノスタルジーの気配が読む人のこころを揺さぶる。
言ってしまえば、ここで告げられている内容や、歌の主人公たちにどんな物語が起きているのかは問題ではないのだ。細部ではなく、構造。おそらく、私たちはそのようにして抒情を味わっている。

 

ここで指摘されていることって、かなり凄いことだと思う。周辺情報が並べられているだけで、そこからノスタルジーの気配を読者が感知すること。細部ではなく、構造が抒情を喚起させていること。本来歌の中心であるところの「私」を軸にしたストーリーが抜き取られたことでここには抒情のメカニズムが顕在化しているというのだ。

 

そして、ここでも「私」が「位置」に還元されていることに注目するのである。さらに言えば、ここでも「位置」の位相が少しずつずらされている。

 

「ここは冬」という言い方は、今現在の「位置」であり、それも「冬」という位相にその「位置」は置かれる。だから、ここでの「位置」は「春夏秋冬」のいずれかのうちの一つとして置かれる。「はじめて知らされたのは駅」は、過去の「位置」であるとともに、はじめて知らされたのが「駅」であり、その後にもいくつかの知らされた「場所」の存在を感じさせる。つまり、いくつかの「場所」のうちの最初の一つとしての「位置」。そして、「私を迎えに来たのは電車」によって、「私」の「位置」は「ここ」から移動することが暗示される。ここから先、「私」はまたいくつもの「位置」に立つことになるのだ。

 

「私」はこの歌の中で無数の「位置」に点在しているに他ならない。ここでは「私」自体が中心を抜き取られた世界の周辺情報として移動していくのである。そして、その空いた「中心」から「抒情」が発生している。この歌は作者の緻密な手つきによって歌というものが分解され、「ノスタルジー」が自動発生するように改造されているのである。それは、本当はとても大きなものを手放しているから可能になっていることだと思う。

 

ここで、もう一つ、注目するのが、

 

日が変わるたびに地上に生まれ来るTSUTAYAの延滞料の総和よ

 

この歌についての荻原裕幸の栞での指摘である。

 

(略)表面的な、と言うか、認識できる何かに反応しているのではなく、たぶん、一首が見えない部分に内臓する、懐かしさの核のようなものに反応していたのだと思う。この一首で言うなら、私は、TSUTAYAのレンタルに延滞料が生じることを知っていたし、日付が変ればそれがさらに増えることも推測できた、でも、TSUTAYAのレンタルの延滞料の総和など考えたこともなかった。にもかかわらず、私がその総和を考えたとしても不思議はないし、わかる、という奇妙な感覚が生じるのだ。人々が観る傑作や駄作にかかるレンタル料ではなく、観ずにそこらに放置されたレンタルメディアにかかる延滞料。しかも、その総和だ。TSUTAYAの内部データでしかないそれは、しかし、平成の日本の何かを示す数値ではある。その数値のもつ虚の感触や、その数値のことを考えてしまう虚の世界への志向が、たぶん私のどこかに、懐かしという感覚を呼び起こすのだろう。

 

「一首が見えない部分に内臓する、懐かしさの核のようなものに反応していた」という荻原の繊細な指摘には気づかされることが多かった。そしてここで言及されている「懐かしさの核」はたぶん堂園が指摘していた「細部ではなく、構造。おそらく、私たちはそのようにして抒情を味わっている」にも繋がるだろう。

 

この歌では世界における構造の「虚」の部分が詠われている。言われなければ存在しないその「虚」を顕在化させている。そして、私がここまで書いてきた「隙間」というものもたぶんここで荻原が指摘しているこの「虚」と通じるし、堂園も、荻原も、そこに「ノスタルジー」、「懐かしさ」の感覚を鋭く感知していることに、ちょっと恐怖すら感じるんだけど、ともかくも、吉田は歌を成立させる基本ラインとしての「私性」やそれを伴うことで強度を増す「定型」を構造に還元することで、「私」の所有物ではない「感情」を顕在化させているということがひとまず言えるのではないかと思っている。

 

実をいうと私は、吉田の歌を、歌集としてまとめて読むまでは、たとえば早稲田短歌で吉田の先輩にあたる、永井祐や五島諭、堂園昌彦といった人たちの歌をよりセンスよくカッコよく、つまり洗練させたそのぶんだけ個性のない歌のように思っていた。その繊細さが好きだけれど、同時に作品としては弱いとも思っていたのだ。けれども『光と私語』という歌集一冊を読んでみると、そうした特性は寧ろ、作者によって徹底されたスタイルとして見えてきたのである。個性を抹消する手つき自体が非常に高度なメタ性によって成されているのだ。そしてそのことが、短歌そのものを変質させていることに気づかされたのである。

 

なんだかまとめのようになってしまいましたが、2章のことがまだ書けてなくて、これを書くのがすごく難しくて足踏みしてしまうのですが、できれば次回書きます。あと、一昨日の夜、娘を寝かせつけていたら、じっと天井を見上げて悲しい顔をしているので、どうしたの?かなしいの?と聞いたら、「お母さん、日々のクオリアやめて欲しい」と言われてしまって、これが終わったら、なんとか軌道修正したいと思います。子供たちは今日から夏休みだから。