花山 周子


吉田恭大/(演説は退屈だけれども、/と男が言った。/そこから先は案の定有料だった。)

吉田恭大歌集『光と私語』(2019年・いぬのせなか座)

※「吉」の字は、上が「土」。


 

『光と私語』の1章のことというのは書評の方で書いているものだから、そっちで書いたことをなんとなく迂回しながら補足するような恰好で前回まで書いていたので、「塔」が手に入る方は8月号掲載の書評のほうを本筋として読んでもらえたらと思います。ともかく前回は最後に、吉田の歌における個性の抹消が『光と私語』という歌集の徹底されたスタイルとして見えてくる、ということを書いたわけであるけど、

 

外国はここよりずっと遠いから友達の置いてゆく自転車

日が変わるたびに地上に生まれ来るTSUTAYAの延滞料の総和よ

ここはきっと世紀末でもあいている牛丼屋 夜、度々通う

「白いのがひかり、明るいのがさむさ、寒いからもう電車で行くね」

砂像建ちならぶ海際から遠く、あなたの街もわたしも眠る

 

これらの歌は私がこれまで書いてきたようなことをわざわざ持ち出さなくても、たとえば一首目では、「ここよりずっと遠いから」という言い方や、「友達が置いてゆく自転車」に友達が去っていくことのさびしさみたいなものは十分感じられるわけであるし、「延滞料の総和よ」という詠嘆や、「ここはきっと世紀末でもあいている牛丼屋」は現代の硬質な世界を正面から抒情しているとも言える。4首目の、静かな規定を重ねたあとの「寒いからもう電車で行くね」も5首目の「~から遠く、~眠る」みたいな流れも、非常に抒情的である。つまりね、フレーズ性によってもその抒情質は担保されていて、個性=クセが取り除かれた分だけ好感度が上がるのだ。だから、田口綾子の『かざぐるま』がサービス精神でつくられている、というような指摘が多くあったけれども、この『光と私語』の1章の歌のほうがよほどサービス精神旺盛とも言えるわけで、なぜならサービス精神というものもメタでなけりゃ成立しないことなんだよね。それで、そういうきれいでおしゃれな「短歌的抒情」、「短歌的文脈」がちゃんと歌の表面をパッケージしていることで、ここで起こっている歌の変質みたいなものは実は見えづらくなっている。見えづらくなっているのみならず、その「変質」=「個性という抵抗体=強度がない」ことがここでは読者に好まれる要因にもなっていることに私は少し危険性を感じているのだ。だから、もし1章のような歌のみでこの歌集が構成されていたら私はこの歌集を信頼できなかったかもしれない。けれども、2章ではこうしたパッケージが剥がされて、やっていることの骨格が剥き出しになる。やっていることの強度が立ち上がる。

 

(演説は退屈だけれども、
と男が言った。
そこから先は案の定有料だった。)

 

2章の最初の歌だ。この歌はとりあえず短歌的な文体ではないということが言える。
「演説は退屈だけれども、と男が言った。」「そこから先は案の定有料だった。」も小説の中の叙述のようだ。この二つのセンテンスはもとから繋がっているようでもあり、全く違う場所から持ってこられたもののようでもあり、どちらにしても何かが欠落している。

 

そして「短歌定型のサイズ」にこうして切り出されたことによって、格言的なテイストが生まれる。そういう文体が齎す一種の印象操作がここにはあって、同時にそれが格言としも短歌定型としても不完全であることが「欠落」の印象を強くする。

 

この歌は1章の歌とは違い明かな破調だ。それも、

 

5、9、8、7、12

 

というふうに、破調の割合は徐々に増えていく。
しかも、ここには一切の無駄がなく、だから私は破調感を感じさせられないのだが、その無駄のない増えていきかたが、短歌とは違う位相の文体を持ち込む過程にもなっていて、「退屈だけれども」の「だけれども」みたいなものが、短歌定型の上に別の文体を組み上げていくのだ。

 

実は、私はクオリアで『光と私語』の3回目あたりまで書いてきたとき夢を見た。作者の吉田恭大から電話があり、それは歌の引用にちょっと誤りがあるから直して欲しいという趣旨の電話なのだが、その説明の途中でうめき声が聞こえ、歌集から削除したはずの歌が引用されている、と言う。私が急いで歌集を確認しようとしている間に、またうめき声が聞こえ、下の句が推敲前のものになっていると言う。焦ってパソコンでクオリアを開くと、クオリアの頁が目前で、下の方からどんどん書き換えられ、引用歌も自動的に書き換えられていくのだ。

 

これは、ここ最近見たなかで一番怖い悪夢だったんだけど、今日のこの一首とかは目前で短歌が他の位相の文体に書き換えられたような感じが確かにあって、あの悪夢は明らかに『光と私語』という歌集が寝ている私の脳を操作したものだという気がしている。

 

ともかく、歌が歌らしいテイスト、あるいは別のテイストを装いながら「意味内容」としては不完全であることが、そこにあったはずの、脳が無意識に構成しようとする文脈を書き替えられていくような不安定さが2章では拡張していくのだ。そして、そういう拡張の最中にあって、歌の表面に書かれている言葉、「演説は退屈だけれども、 と男が言った。 そこから先は案の定有料だった。」がノイズのように聞こえてくると同時に、表面には書かれていない言葉のノイズが聞こえてくる。雑踏のように。

 

「されど雑司ヶ谷」の一連では、

 

この暮れも寒い
都電の車内には老人ばかり目についている

 

巣鴨のマクドナルドには、ナゲットに
「とりのからあげ」
と大きくルビがあるという。

 

というふうに、あの辺一帯のことがまずは短歌的に詠われていく。二首目は都市伝説みたいだけど、調べたらほんとのことらしい。それで、こういう取材が重ねられてくとき、既にこの世界のノイズみたいなものが発生していて、この世界はおかしい、この世界は間違っている、みたいなノイズが、それは「巣鴨」がということじゃなくて、寧ろ巣鴨のほうがここでは正当になるのかな。巣鴨の特殊さを並べながら、反転していくというか。

 

で、途中で、

 

西巣鴨には劇場がある。劇場はもともと中学校だった。その前は墓地だった。

 

墓地のそばに、もう人のいなくなった古い新興宗教の教会があって、そこも確かに劇場だった。

 

この2首が出てくる。一首目は「劇場は」までは5、7、5だけど、そこから定型がはずれていくという感じはない。最初からもう、違う文体がはじまっている。最初から違う思考がはじまっている。そして、ここで言われていることは、「劇場」が「中学校」であり、「墓地」であったという、時間を遡って他のものに変換されていく。おそらく事実であり、この歌ではそういう土地における時間が目前で解体されていく。

 

さらに、2首目では、「古い新興宗教の教会」が「劇場」だったと言う。「もう人のいなくなった」というのは信者がいなくなったということか。教会自体は今も残っているのか。教会は今も残っているけれど、そこが「劇場」でもあったのは人がいたころであるのか。一筋に叙述されているようでありながら、ここでは少しずつ文脈や時制にずれが生じている。そしてここでは時間と同時に思考が解体されている。ここにある文体はとても聡明である。聡明な人が「そこも確かに劇場だった。」とここで思っている。思っていると同時に、それは事実のように告げられる。それは1首目から連続することで、より一層そういう印象を与え、だから、「そこも確かに劇場だった」に行きつくときには、目前の現実そのものが解体されているのだ。過去に遡りながら、今の光景そのもののほうが過去であるような、この文体が置かれている場所がどこなのか、この文体はどこから発せられているのか、文体、つまり思考のほうが自動発生しているような、気がしてくる。

 

つまるところ、ここにあるさびしさ、「感情」は誰のものでもなく、そのような意味で、ここにあるさびしさは廃墟なのだ。

 

『光と私語』という歌集が描き出しているものはたぶん、現代の都市とそこに生きる「私」を含めた生活者という表層の隙間にある「感情の廃墟」なのだと思う。それは、歌から「私性」という主観が精密に取り除かれたことで世界の側から自動発生するという、短歌詩形が実現した高度なSFだとも言えるのではないか。