生沼義朗


知花くらら/数寄屋橋の夏の歩道に漂ふは水牛の乳のけもののくささ

知花くらら『はじまりは、恋』(角川書店・2019年)


 

知花くらら歌集『はじまりは、恋』を興味深く読んだ。全体に字足らずの歌が目立つとかオノマトペにやや頼りすぎではないかといった技術面の指摘はできるけれど、まっすぐな勢いと表現に対する覚悟を感じ、気持ちよく読めた歌集だった。

 

 

旅券にはわれの写真のラミネート十年とふ時間が止まつたまま
手のひらのうづまき人参パンひとつ生徒のけふの腹を満たさむ
数錠の薬にけふも生かされてバオバブの影に陽は沈みゆく
ラム肉と薄暮のコーランかつ喰らひ愛もささやく喰ふとは生きる

 

 

海外の地から詠われた歌がまず記憶に残った。知花は2007(平成19)年からWPF(国連世界食糧計画)日本大使として活動し、食糧難の各国への現地視察に赴いている。そこで見聞きした事物を描いた歌も多い。海外の事物は間違いなく読者の眼を惹くが、歌に流れる抒情は場を自由に往還する精神性を感じさせる。いい意味で、従来の海外羈旅詠や仕事の歌の枠からはみ出るものがあった。

 

掲出歌の前の2首がネパールに行った際の歌なので、歩道に漂う「水牛の乳のけもののくささ」はその記憶の延長にあり、ネパールから東京に戻ってきて間もなくの歌と読んだ。夏の、それも繁華街の歩道は、夏の激しい陽の匂いや車の排気ガス、行き交う人の汗などさまざまな匂いが少しずつ混じっているイメージがある。そこに作者は水牛の乳の獣臭さを感じ取り、一瞬だけ海外の記憶に浸る。鋭敏な感覚と発想の喚起が一首のなかで釣りあい、その奥に公と私、海外と日本などの複数の要素が浮かび上がってくる。「数寄屋橋の夏の歩道」の場面設定から詠い起こす語り口も上手い。

 

巻末の略歴にも明記されている通り、知花くららはモデルであり女優である。短歌を作り始めたきっかけは永田和宏と河野裕子の共著『たとへば君―四十年の恋歌』(文春文庫)だったという。酷な言い方になるかもしれないが、「知花くらら歌集」と銘されている以上、その名前やそこから立ち上がるイメージを完全に外して読むことはむずかしい。

 

話は逸れるが、芸能記事などで「お相手は一般人」といった記述を見かけることがある。「一般人」という呼称も考えてみれば妙でやや強引な単語だが、この「一般人」は「芸能人」と対照させる位相の言葉であることは疑いない。芸能人は常に人目にさらされる点で一般の人とは異なる。芸能人は公人とまでは言えないが、一般的には公人に近いものが世間から求められている側面はたしかにある。

 

『はじまりは、恋』を読みながら自分が考えていたのは、短歌における〈私〉の公的な立ち位置についてだ。短歌は近代以降、〈私〉のことを徹底して詠う方向に掘り下げられていった。とはいえ、例えば仕事の歌、特に教師や医師など公共性が高い職業の人が仕事を詠む場合、労働にまつわる〈私〉の感情と公的な立場や仕事自体への普遍性の双方が問われることがある。かつて、小池光の

 

 

佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず  『日々の思い出』

 

 

が発表されたとき、学校の先生がこんなことを言うなんてケシカラン的な文脈による批判を多々されたのだが、歌の意味内容が教師の持つ公的な役割やイメージにそぐわないとする考えの人達が一定数いたからだろう。それを教条的あるいは世俗的倫理に偏りすぎと批判することも可能だが、果たしてそれで片づく問題かとも思う。

 

 

りんご飴まで駆けたら兵児帯が背中で揺れた金魚みたいに
ブリジット・バルドーのやうにサンダルを片手に歩く波打ち際を
シュガーローフの丘にはビルが建ち並ぶ傷あとおほふかさぶたのごとく

 

 

知花ももちろん基本的に〈私〉が見聞きした出来事を詠みつつ、表現の客観性はある程度以上保たれている。自身を含めた人間を見つめるまなざしに溺れが少ないのは、必要以上に知花の職業と結びつけるのは本意ではないが、常に人前に立たざるを得ない仕事に培われた、見られることへの意識が根底にあると思う。2首目の歌も、いわゆる一般人の作者なら願望の投影あるいは現実逃避の歌と読まれるだろうが、モデルである作者が詠んだことで矜恃を含んだ歌となった。その意味で私性を上手く使いこなしているとも言える。

 

出身地である沖縄を詠んだ歌も多く、これも出自の矜恃と密接に繋がる。3首目の「シュガーローフの丘」は沖縄戦の激戦地のひとつである。1945(昭和20)年5月12日から18日にかけて行われたこの戦いで、日米両軍併せて数千人の死者を出したとされる。丘が見える場所から見たままを描くが、端的に情景を描き得た上で下句の直喩に苦みが率直に滲む秀歌である。

 

解説で永田和宏は「私が危惧することの一つは、知花くららがこの十年近く、その大きな力を割いてきた作歌という行為、そしてその成果としてのこの一冊の歌集が、モデル、あるいはタレントの余業などという色眼鏡で見られてしまうのではないか」と指摘している。『はじまりは、恋』は、詩性が作品に移行する途上の作品もないわけではなかったが、充分一冊の歌集として読めるものだった。その上で、先程述べた短歌の〈私〉の公的な立ち位置についてあえて述べてみた。