生沼 義朗


穂積昇/岡持につきては消ゆる雪を見て春の気配の近づくを知る

穂積昇『2019年版 現代万葉集』(NHK出版・2019年)


 

3月30日に、日本最大の歌人の親睦団体である日本歌人クラブの年刊アンソロジー『現代万葉集』の2017年版を取り上げた。このアンソロジーは「自然・四季」「生活」「家族」「旅」「社会」「災害・環境・科学」など15のテーマ別に編集され、参加者はひとつの項目を選んでテーマに沿ったその年の自選3首を提出する。つい先日2019年版が出版され、今年は会員非会員あわせて1831名の各3首ずつ、総計5493首が収録されている。

 

掲出歌は「仕事」の項目に載っていた歌。世間の個人情報保護の高まりに応じ、参加者の紹介欄には氏名とふりがな、居住都道府県と所属結社のみが記されているので、作者の穂積昇(ほづみ・のぼる)は群馬県在住で、群馬県を中心とした隔月刊結社誌「黄花(きばな)」に所属している。

 

 

雨止みて緑深まる青山を見つつ弁当の出前に急ぐ
岡持につきては消ゆる雪を見て春の気配の近づくを知る
キヤベツにレタス混ぜしを盛りつける昼の注文とんかつ多し

 

 

掲載されていた穂積の作品3首すべてを順番通り引用した。歌を読む限り飲食店の厨房で料理を作り、出前にも赴く。おそらく飲食店を自ら経営していると思われる。

 

掲出歌は掲載された3首のうち2首目。岡持は今ではあまり見ないかもしれないが、蕎麦屋などが出前に使う、料理や食器を持ち運ぶ際に用いる箱のこと。おそらく配達中に雪が降りはじめた。時期的には3月初旬くらいだろうか。真冬ならすぐ岡持の上にも積もってしまう雪が、触れた瞬間に溶けていった。そこに春の訪れを感じたのである。仕事の折に春の訪れを察知した何ということのない日常の情景だが、仕事道具である岡持がやはりこの歌をこの歌たらしめている。短歌は、その作者の生活や仕事に密着したときに強い個性を発揮しうることをあらためて思わされた。

 

1首目の「青山」は文字通り樹木が青々と茂っている山だろう。「雨止みて緑深まる」が時間の経過と、普段見慣れた景色が時刻や天候などの環境でまったく違う表情を見せることを示す。下句は一転して「弁当の出前に急ぐ」という仕事の景色で、対比に味がありつつ生活の実感が確かなので、卑近な印象がない。

 

3首目も仕事の実感をリアルに詠う。昼食に行ったときその店の客が多くのメニューのなかからたまたま皆同じメニューを頼むことがたまにある。そんなとき店の人も結構驚いていたりするものだが、この歌にもそうした驚きが作歌動機になっている。「キヤベツにレタス混ぜしを盛りつける」は原価を安定させる手段だろうか。どちらにしてもここにも飲食業の現場のリアルが漂い、読者に強い印象を残す。

 

 

刃こぼれを直すに時を費やせり新巻鮭を下ろさんとして
日の差して明るくなりし厨房に仕事初めの挨拶をする
ラーメンの玉を持ちくる金井さん頭に付きし雪を払へよ

 

 

昨年の『2018年版 現代万葉集』でも穂積は「仕事」の項目に食堂の歌を出している。1首目は荒巻鮭を一本まるまるを手に入れた。下ろすために刃こぼれのある包丁を研ぐ。使い込んだ包丁の方が勝手がいいのだが、刃こぼれがあるとせっかくの新巻鮭が台無しになりかねない。だから包丁を研いで刃こぼれを直すし、刃こぼれがあるからそれを直すのに時間がかかる。荒巻鮭一本を目の前にした一種の高揚感と意気込みが伝わってくる。同時に、生活のなかの豊穣な時間も読者に手渡される。

 

2首目も仕事のリアルが漂う。一般に飲食業は朝早くから仕込みを行っているイメージを多くの人が持っているだろうが、窓から陽が差し込んで明るくなってきた冬場の厨房が眼に浮かぶ。この3首は厳密には連作ではないが、3首目と合わせて読むと、仕込み中に業者がやって来たので仕事初めの挨拶をしていると読んだ。新年最初の仕事日はどんな職場でも一年の始まりのけじめとして挨拶をするというリアルな空気を実感する。

 

3首目の「金井さん」は作品においては作者しか知らない「金井さん」である。「ラーメンの玉を持ちくる」なので、製麺業者だろう。「頭に付きし雪を払へよ」に長い付き合いで気心の知れた関係であることが察せられる。どの歌も平易な表現を通して状況が過不足なく伝わり、季節の実感と仕事の手応えが感じられる。

 

穂積が普段「黄花」でどのような歌を詠んでいるかは存じないが、少なくとも『現代万葉集』では知る限り常に飲食店の仕事の歌を出している。生活と仕事と短歌が不即不離に作品化されているさまを思う。そこに穂積の歌のリアリティと強みがあり、そしてそれは短歌のリアリティの源泉であり、強みなのである。