生沼 義朗


花山周子/もう無理!無理無理無理無理テンパってぱってぱってと飛び跳ねており

花山周子『屋上の人屋上の鳥』(ながらみ書房・2007年)


 

いよいよ最終回である。最後に取り上げるのは、散々迷ったが現在の自分の気分に沿った歌にした。

 

掲出歌は花山周子の第1歌集『屋上の人屋上の鳥』のなかでも比較的よく知られている歌である。「テンパる」は気持ちに余裕がなくなったり、焦りや不安に満ちた気分に陥っていっぱいいっぱいになることを指す俗語で、語源は麻雀における和了(アガリ)の一歩手前の状態である「聴牌(テンパイ)」から来たものとてっきり思っていたが、短気や癇癪などを意味する英語「temper」に由来する見方など諸説あるようだ。いずれにしても、何か切羽詰まった状況下で追い詰められてパニックになっていることはわかる。

 

技術面の指摘に移れば、「もう無理!無理無理無理無理」と「テンパってぱってぱって」の2箇所のオノマトペがこの歌の特徴であるのは誰でもわかる。オノマトペは直喩や擬人法と並んで初学者の歌によく見られる3大技法と言ってもいいが、実は難しい技法であまり成功しにくい。なぜ初学者がオノマトペをよく使うかは、レトリックの技法として扱いやすく見えるからだ。オノマトペは表現の射程範囲がもともと他に較べて広い。直喩はどちらかというと対象をピンポイントで言いあてる技法である。失敗したら目も当てられないが、他の技法に比べれば扱いやすく成功しやすいし、成功したときの快感は初学者にはこたえられないものがある。直喩を一本釣りとすればオノマトペは投網のようなもので、表現対象をまとめて掬い上げる感覚ゆえに成功しやすく思えてしまう。しかしオノマトペは初学者ほど、硬いものを「カチカチ」あるいは心臓の鼓動を「ドキドキ」と表現する安易な方程式に陥りやすく、扱いやすさを難易度の低さと勘違いしてしまう罠がある。

 

 

べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊  永井陽子

 

 

オノマトペの例歌として必ずといっていいほど取り上げられる永井の代表歌だが、永井の作風やキャラクターとマッチしたからここまで人口に膾炙したことは押さえておく必要がある。花山の歌に戻ると、いかにも花山が修羅場でこのように飛び跳ねていそうという意味で、花山周子のキャラクターが端的に出ている。オノマトペを成功させる方程式のひとつは作者らしさと上手くドッギングさせることだ。そこまで考えてはじめてオノマトペが技法として成立する、と言うと酷に聞こえるかもしれないがこれは事実でもある。

 

歌の意味内容は単純明快で、それ以上の以下のものでもない。しかし、自分がこの歌に妙に共感し身につまされてしまう理由はまさにこの12月がいっぱいいっぱいで飛び跳ねているからでしかない。もっといえば、この1年間は徹頭徹尾そうだった。よくもまあ毎週火・木・土曜日の週3日、計155回も「日々のクオリア」を続けられたものだ。途中何回か更新が翌日にずれこんだり休載があって本当に申し訳なく思っているが、途中2回ほど高熱を出しながらもよくリタイアしなかったし、文章力はともかく読解力はかなりついたと自分を褒めたいくらいである。

 

話が思い切り脱線したが、そうした諸々の感慨を込めつつ、1年間一緒に走った仲間でもある花山周子の掲出歌を噛みしめるように読む。そうした各読者それぞれのいわば勝手な感慨を受け止められるのは、この歌の真の力と価値のひとつである。一首そのものが単純化かつ題材の相対化ができているからで、パーソナルな感慨と一般性のある感慨の双方にまたがり得ているゆえに他ならない。もともと花山周子はバランス感覚に長けている。それは天性のものだろうが、表現力描写力に属する部分はやはり修練の賜物なのである。

 

というわけで、1年間ありがとうございました。これから年賀状刷ってお節作ります。