かけがへなき変身して森に樹をみがけ 風よりも風のやうに否定の像あり

山中智恵子「空間格子」(『山中智恵子全歌集』上巻所収)

 入手困難な第一歌集を全集で読んでみると、文語表現に通暁した後年の作者からは思いもよらぬ口語の、それも言いたいことがありすぎて破調を来した歌の多いのに驚かされる。要素の多さと詩的飛躍のはげしさはしかし、こころ躍るような若々しさを感じさせて気持ちのよいものがある。「かけがへなき」「風よりも風のやうに」の強い言い回しに、「みがけ」という命令形のテンションの高さ。最終的に「否定」に行きつく歌でありながら、むしろ生の肯定を感じさせるような気がしてならない。

みづうみを舞ひあがりたちのぼり霧にまぎれ羽根もつ心いづこの漣  同上

この歌もまたたたみかけるように、まひあがり、たちのぼり、まぎれ、と「羽根もつ心」が一枚の羽毛のようにひらりひらりとひるがえりながら宙を舞っているような韻律に心をとらえられる。その「羽根もつ心」も焦点があった瞬間にはもう消えてしまい、飛び去ったあとの水の動きだけが残されている。要素が多いのにふしぎな躍動感をのこすのは、二首とも動きの多い歌であるためか。