岩尾 淳子


にんにくを握って歩くぼんやりと曇っても月が大きい夜に

 

         椛沢知世 「旧市街、フレタ8」(2020年

 

「旧市街、フレタ8」は椛沢知世さんと睦月都さんとの短歌誌です。

 

どうしてニンニクを握って歩いているのだろうか。ありあわせのものでシチュウを煮込もうかと思って調理をし始めてから、ふと、ニンニクがないことに気づいたのかもしれない。ニンニクを使わずにでもできるけど、ここでは、どうしてもそんな気になれなくて近所のスーパーに買いに走ったか。それで手に入ったニンニクを手に握って帰るところかもしれない。

ニンニクがあることで、不完全だった世界が満たされたようなそんな幸福感が一首にながれている。たった一つのニンニクがもたらすであろう成就への感覚。下句に登場する大きな月もぼんやりとして、やわらかな光を夜に投げかけている。歌全体にやすらかな蘇生感がある。ひとつのニンニクがもたらす世界の安らぎ。とてもいい歌。

 

睦月都

ゆつくりと冷たく腐る冷蔵庫の奥で李も桃も愚かな王政も

 

夏場は油断していると、冷蔵庫の中でつぎつぎと食べ物が腐ってゆく。ここでは冷たく腐るということからどこか無惨な雰囲気をかもしだしている。李や桃はどことなく、肉体のイメージもあって、冷蔵庫がまるで棺のような毒を孕んでいる。そこで腐るのは果物ばかりではない。愚かな王政も腐ってゆく大きな箱。世界史上では数え切れない王政が腐敗し、滅んできた。そして、それは今も進行中だろう。大きな制度の滅びを、李や桃と等価に並べてしまうところに世界の暗部をみてしまう直観的な感覚が働いている。冷蔵庫の暗がりから、いきなり世界の終末を見てしまったような冷たい高揚感に揺さぶられてしまう。

 

〇そのほか、印象にのこった歌を紹介します。

 

椛沢知世

走り出した子どもに足が増えていく 嘘に見えても仕方ないよな

しょーいだんしょーいだん祖母の納豆が糸をひく指先に耳元に

自販機の横にまっすぐ立つ人が夜になったら光りそうだった

睦月都

こんな風の夜がずつと続いたらいいのにね会はざれば誰も悲しくなくて

永遠はいつも短い 読みさしの本にいつかの旅のレシート

枕の下に白き寺院があるやうなひそやかさ 暮らし続ける