岩尾 淳子


紅梅の花にひねもすこもり居てまだあるのかいとたづねつ

          土屋文明  『小安集』(「土屋文明全歌集」石川書房 1993年)

 

紅梅の花が咲いて庭さきに春が来たように明るい。その明るさを愛で、眺めながら一日部屋で過ごしているのだろう。紅梅の花に、とすることで華やかな花の内部に体ごと包まれているような、あるいは紅梅そのものになりかわったような幸福感が溢れている。そんな気分が「まだあるのかい」という優しい問いかけを誘い出しているのだろう。

 

何がまだあるというのか、そして誰にむかって尋ねたのか。それは一首のなかでは明らかにされていない。おそらく、明らかには言えない郷愁に近いような想念ではないだろうか。遠い記憶のなかの幼年時代の懐かしい風景、愛情につつまれたころの深い安らぎ、あるいはもっと漠然としたもの、現実には存在しない美しく懐かしいものへの憧れの思い、それが自身の中に「まだあるのかい」と自問しているような気もする。

 

春近き日の甘い気分が無防備にナチュラルな口語のまま書き留められている。結句はどのようにも言い収められたであろうに、字足らずのまま言い収めている。ある充足した気分をそのまま言葉することで十分満たされて、七音まで引き伸ばすことが惜しまれたような終わり方だ。文体にそのまま表情が動いているようで、読むほうにもほのかな体温が伝わってくる。やわらかな抒情性の香る一首である。この歌の前後の歌を引く。

 

故郷の山の写真を引きのばし雲ある空にこひつつぞ居る

谷いでてここにせせらぐ水のこゑ一夜眠らむたのしかりけり

 

ゆったりした安らぎの広がるあたたかな響きがここちよい。懐かしい歌が文明の小世界を彩っている。

 

『小安集』は昭和一三年から昭和一七年始めにかけての881首が収められている。その前年、昭和12年の終わりに中国の首都南京が陥落、13年の秋には日本軍は内陸深く戦線を広げ、身動きならない戦争状態に入っている。そんな時期にあって詠まれる歌も時局を反映して屈曲を深め、苦悩を深めた内容が多くなる。

 

廃れたる思想のなかになげけども嘆は永久に移ることなし

説を更へ地位を保たむ苦しみは君知らざむ助手にて死ねば

魯鈍なる或いはやみて起ちがたき来りすがりぬこの短き日本の歌に

 

「廃れたる思想」はマルキシズムを指すのだろう。二首目は、若くして亡くなったアララギ会員へ捧げた歌。当時、大学の講師をしていた文明は自説を棄てて保身に走る学者たちの姿を苦々しく見ていたことだろう。しかし、それは自らの苦しみであることを吐き捨てるように詠んでいる。そして、三首目。歌を詠む大衆への激しい侮蔑の言葉の背後には世界と自身への圧倒的な絶望感、敗北感が透けて見える。短歌にもその虚無の飛沫は降りかかっている。当時の知識人である文明の振幅の激しさを覗きみる思いがする。