吉田 隼人


土くれがにおう廊下の暗闇にドアノブことごとくかたつむり

佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』(書肆侃侃房:2015年)

かたつむりが苦手なので、この歌のような光景が現実のものになったら悪夢でしかない。「土くれがにおう廊下の暗闇に」という上句の入りからして湿度の高さを思わせて、既に少し気持ち悪い。古びた、家賃の安そうなアパートだろうか。土のにおいのなかにドアノブがいくつも並んでいる。

そのドアノブがことごとくカタツムリだという。カタツムリは本当に気味が悪い。たまに手に這わせてみせる人がいるがあんなものナメクジと一緒ではないか。神経を疑う。そしてそのナメクジと変わらない身体を殻のなかにずるずる、ぬるぬると引きずり込んで身を守る。それがまた気持ち悪い。底知れぬ闇に向かって後ろ向きにナメクジそのものの身体が入り込んでいく。そんな気味の悪いカタツムリがどの部屋もドアノブになっている。もうドアノブなんか触れたものではない。コロナ禍があってドアノブに触れるのが潔癖性の人でなくてもためらわれるようになったが、ドアノブがことごとくかたつむりなのでは、もうどうしようもない。この気持ち悪さを共有してほしくてこの一首を選んだ。