ナボコフの趣味をにほはせ桜木は夜ごと淫靡にふくらみゆきぬ

仙波龍英『わたしは可愛い三月兎』(引用は『短歌タイムカプセル』書肆侃侃房:2018年)

ナボコフの趣味というのはロリータ・コンプレックスのことであろう。ここでのナボコフは『青白い炎』などの他の作品は切り落とされて、単に『ロリータ』の作家ということにとどまるのであろう。そして『わたしは可愛い三月兎』の表紙を描いた吾妻ひでおに象徴されるように、「ロリコン」というのが一種の文化的ステータスのようなものだった時代があった、その時代を感じさせる一首である。

そしてロリコン趣味を匂わせながら夜桜が淫靡にふくらんでゆく。夜桜は実際に見てみると厳然たる感じもあって性的なイメージは薄れるのだが、この歌のなかでは夜を重ねるごとに淫靡さを増していく。桜は結局のところ生殖のために咲くわけで、そこにエロスを見出だすことは容易である。しかしこの桜は単に生殖を思っているのではなく、むしろ生殖を果たし得ないような少女への思慕に駆られている。花が単に広がるだけのイメージより桜木がふくらんでゆくイメージの方がなおのこと性的で、そうした世界観が面白かった時代が確かにあったのだろう。