永井 祐


ねむるときとどろきをりし雨の音あかとき聞けばはらつきにけり

玉城徹『われら地上に』

ふたたび玉城徹『われら地上に』から。
わたしも読んだのは三年前くらいからですが、この歌集いいと思います。
読んでいて発見がたくさんある。迢空賞受賞作で玉城さんの代表作の一つだと思うのですが、手に入れにくい状況ではあります。
けっきょく、本体価格12000円の『玉城徹全歌集』(いりの舎)ぐらいでしか読めないんじゃないのかな。
わたしは運良く手に入れられたのですがハードル高いですよね。
なんとかならないものか。

では今日の歌。
「あかとき」は明け方の意味です。
寝るときに雨の音がすごかったけれど、今朝の明け方にはぱらぱら降っているだけになった、というだいたんそんな意味ですね。
かなり何でもないわけですけど、僕はすごくぐっとくる。しびれるようなセンスの歌だと思います。
似た内容の歌と比較してみましょう。
夜の大雨の音を聞く、という歌はたぶんけっこうありますが、

おもひきり冬の夜すがら降りし雨一夜は明けて忘れ難しも 佐藤佐太郎

こちらは、朝になると雨が上がっていたのでしょう。昨夜の大雨の音が心に残っているけれど、今朝は晴れて、何か世界が新生したみたいにスッキリしている。
「おもひきり」降ったカタルシスがあり、夜があけるとスッキリと新生。そういう流れだと思うわけです。
対して今日の歌はそういう起承転結みたいなものがない。「とどろき」→「はらつき」という様相の変化があるだけで、カタルシスも新生もない。
音楽にたとえると、Aメロ-Bメロ-サビとかがなくて、ミニマルテクノの四つ打ちがずっと続いていて高音の上物だけが変化していく。なにかそんな世界観だと思います。

「にけり」は強い締め方です。パラパラ降りになっていたわけだから、アバウトにいけば雨はおさまっていたとも言えるわけで、そう考えると「はらつきにけり」という力強い締め方をここで行うことの不思議さ、その意図というのは注目すべきなのではないでしょうか。
大雨がとどろくのと対等のトーンで小雨が「はらつく」というのは、だからとても大胆な展開だと思うのです。

ここでは一つの世界がその様相を変化させていくことが詠われている、という感じかと思います。そこにおいては、起承転結とかクライマックスとかカタルシスと新生とかそういうことは存在しない。40分1曲のミニマルテクノのように、ただ一つの世界が変化する。

それがとてもシンプルで美しい形態の歌になっている。かの佐藤佐太郎が野暮ったく見えてくるかもしれない。

そういう感じで好きな歌です。