西方は十萬億土かあかあかと夕焼くるときに鼠のこゑす

前川佐美雄『天平雲』

今日は1903年生まれの前川佐美雄さんの歌。
収録歌集は『天平雲』。
去年、前川佐美雄の歌をいろいろ読んでいたのですが、
三冊目の歌集『大和』の後半から次の『天平雲』の前半あたりの歌が一つのピークになっている気がして印象に残っていました。
編年体だから、前の歌集の後半と次の歌集の前半が制作時期的に一続きになっている。というか、二冊の歌集を続けて読むと、同じ昭和14年の歌がそのまま続くという形になっています。
だから読んでいて、昭和14年かなりきてるな、みたいな感想を持ったりします。今日の歌はそんな昭和14年の歌。

「十萬億土」は仏教の言葉で、現実世界と極楽浄土との間にある無数の仏土(仏の世界)のこと。転じて極楽浄土そのもののことでもあり、また果てしなく遠いという意味でもあるそうです。
『阿弥陀経』に「これより西方、十万億の仏土を過ぎて、世界あり。名付けて極楽という」とあるとのこと。
(以上、すべてがネット検索によって仕入れた知識ですが)

西のほうに太陽が沈んで夕焼けている。
圧倒的な夕焼け、っていう感じなんでしょうね。崇高美というか。だから宗教の言葉がみちびかれてくる。向こうのほうに十万億土、その先に極楽と呼ばれる世界がある。そんなとき、かたわらで「キキッ」とねずみの声がした。
このねずみの声の入り方が面白く、かつ深い気がします。
いろんな読みは可能なのかもしれないけど、わたしは圧倒的な夕焼けと十万億土に順接するものではなくて、次元の違う意外なものだったのではないかと思います。
圧倒的な崇高さへのつっこみのようでもあり、別の新たな啓示のようでもある。
谷川俊太郎の

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

とか、ちょっと思い出しました。
ねずみの声、わたしはすっと浮かばないけど、ふたたびネット検索をすると「発泡スチロールがこすれるような高音に聞こえる」という表現がありました。
キキッと。
こういう感覚はなんと言ったらいいのかよくわからないのですが、落差とともに深いおどろきがあるのかなという気がします。

ちなみにこの歌、はじめのほうでやった玉城徹さんの『同時代の歌人たち』という本で引用されていたのが印象に残っていて、玉城さんに教えてもらったようなものなので、そこに書いてあったことも合わせて紹介したかったのですが、古本で5000円だったので買えませんでした。今度図書館いってきます。

 

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