永井 祐


書きかけの作文消している顔をクシャと原稿用紙に撮られる

中森さおり「髪を切る」(『ねむらない樹 vol.6』)

 

書肆侃侃房が主催している笹井宏之賞という短歌賞があります。
わたしは第一回からそれの選考委員をやっています。
選考委員というもの自体がはじめてだったこともあり、最初、けっこうカルチャーショックがありました。
それはなにかというと、あまりにも多くの作品が落ちてしまうということ。
当たり前なのですが、作品が完全な形で掲載されたり、委員の評の言葉が載るものは本当にごくわずかで、それはショートケーキの上の苺よりももっと少ない割合なのであり、「もったいない」というと語弊がありますが、選ぶためにがんばって精読してるわりにアウトプットこれだけしか出せないんだ、という感覚が強くありました。
そういうわけで一首単位で面白かった歌、気になる歌など、言い出せばかなりたくさんあります。そんな中から選んで、少しこのページに書こうかと思います。
本当は応募作すべての中から選びたいのですが、フリーにやると問題あると思うので、いちおう最終選考候補作としての掲載作からやります。

それで今日の歌。
一読、なにか気持ち悪いというか、怖かったですね、この歌。
消しゴムをかけていて、原稿用紙が「クシャ」っとなってしまったのを、カメラのシャッター音に見立てというか聞き立てられてるんだと思います。
それで、書いていて原稿用紙に向かい合っているから、思わぬタイミングで顔面を思い切り撮られたということになる。
言われれば、たしかにその音とその音は似ているかもしれない。でもわたしは考えたこともなかったし、原稿用紙に顔を撮られるっていう発想がちょっと怖かった。

いまどきは多くの人がカメラ付きのスマートフォンを持っているので、街頭やお店の中などでも出所がよくわからないシャッター音が聞こえたりします。あれはなんか変な感じがするし、誰が何撮ってるかわからなくて怖いところもありますが、この歌の感覚のバックグラウンドには、そういうこともあるのかもしれません。

それにしても、「クシャ」という音だけを合図にして目の前の原稿用紙にいきなり撮られるってなんかすごいですね。けっこう立ち止まった歌です。

中森さおりさんの歌、奇妙に冷たい感触の歌が印象に残りました。

 

あたたかいさようならを掌で聴きプリンの粗熱とれるのを待つ

 

これも、よく読むとなんか不思議な気になる歌で、
上句は、誰かが出て行くのを手をあげて見送っているわけですよね。
自分のほうは無言なのかなというのも気になるのですが、手のひらは「あたたかいさようなら」の「あたたかさ」を受けとめて「聴」いている。
下句ではプリンを冷ましている。「粗熱」の「熱」は上句の「あたたかい」から話としてつながっているようにも見える。

どうでしょう。日常的な内容の中にかすかに不穏でつめたいラインが通っているように見えて、わたしは気になる歌でした。なんか人間味がないというか。

次回ももうちょっと読んでみましょう。