齋藤芳生 『花の渦』 現代短歌社 2019年
「もう逢えぬ人あまたある三月」とは、むろん東日本大震災による死者たちを念頭に置いている。
一度に失われた多くの命、もう逢うことのできない人々のことを繰り返し繰り返し思わせる三月。春が巡ってきたというのに、ふたたび逢うことのできない人々へと心はまず向かうのである。
そんな時に、ふいー、ふいー、と啼く小鳥。この啼き声からすると、鷽だろうか。まさか鵺とも呼ばれるトラツグミではあるまい。鷽ならば、喉のあたりの赤い姿も春に相応しい。さらに、鷽から嘘へ。悲しみを嘘に転じてゆけと願う気持ちも重ねたくなる。
春を迎える喜びに溢れていたはずの三月が、東日本大震災以後、人々の中でまったく違ったものになってしまったにしても、花は咲き、小鳥は囀る。自然は、時には人の手に余る恐ろしいものになりもするが、すべてを懐に抱えて、いのちを育みつづけている。今を生きている「わたし」がいて、小鳥がいる。悲しみを抱えたままでも生きることのできる力を与えてくれる、それもまた自然の成せる技であるようだ。そのことの、なんと涙ぐましくも有り難いことか。
あ、まちがえた、とつぶやく子どもの鼻濁音嬉しくてぽんと咲く木瓜の花
「あ、まちがえた」と、子どもは自分で自分の間違いに気づいて呟いている。鼻濁音の声にはまだ幼さが感じられるが、自分で間違いに気づくほどに成長していることが嬉しい。
その嬉しさが、木瓜の花にも伝わったのか。ぽんと咲いてみせた。この童話のような展開は、作者のこころの弾みの現れだ。
作者は、福島市内の学習塾で講師をしている。アブダビで暮らしていたこともある作者だが、福島で子ども達と学びの場を通して一緒に生きる覚悟を決めたようである。