ひそやかに汚染水流れ込む海を照らしつつ月は渡りゆくなり

藤田美智子 『徒長枝』 砂子屋書房 2019年

 

月夜の海である。海面を照らしながら、月は空を渡ってゆく。

静けさに満ちている光景だが、その海にはひそやかに汚染水が流れ込んでいるのである。この月明かりのもとの静けさは、実際には見えないものを見せながら、じつに不気味だ。

作者は、福島県伊達市在住。海は福島の海、汚染水は放射性物質を含んでいる。

東京五輪を誘致するために「アンダーコントロール」と言ったのは誰だったか。汚染水を貯蔵するためのタンクはいつまで作りつづければいいのだろう。タンクにも老朽化は進む。土を凍らせて汚染水をとどめるという作業は、現在どうなっているのか。凍らない土を通って、どれほどの汚染水が海に流出しているのか。

この2月13日の深夜には、福島沖を震源地とするマグニチュード7.3の地震があった。東日本大震災を起こした地震の余震だという。まもなく東日本大震災から10年というこの時期に、10年前のそれに次ぐ大きさの余震が起こり、震災はまだ終わっていないのだと強く印象づけられた。

この時も福島第一原発と福島第二原発の使用済み核燃料プールの冷却水が溢れたが、少量で、外部流出はなく、拭き取ったという。この報道もどこまで信じていいのか。

廃炉に向けて命懸けの作業をしてくれている人のことを思いつつも、表に出て来ない情報が気になる。

 

夕闇に川面は銀いろ光りつつ空に流れのかたちを示す

 

夕闇のなかに銀色に光る川面。あたりが暗く闇に閉ざされても、水面はしばらく明るさをとどめている。空から見れば、銀色に光っているのが川の流れのかたちだと分かる。

この一首では、「川面」を主語にすることで、「川面」が光りながら、空に流れのかたちを示している、と生き生きとした表現になっている。風景が、意思を持って立ち上がってくる感じだ。

だが、この美しい川面の下にも汚染された水は流れているのかもしれない。そして、たとえ汚染水を流していたとしても、風景として引いて眺めれば、川は美しいものとして人の胸を打ったりもするのである。

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