久我 田鶴子


鼻すこし変形するまで原発の事故後をながくかけてたマスク

遠藤たか子 『百年の水』 短歌研究社 2020年

 

コロナ禍のなかでマスクを手放せない現在だが、原発事故後の福島においても、放射性物質を体内に吸い込まないように、長くマスクをかけていなければならない日々があったということ。「鼻すこし変形するまで」というのが、とてもリアルだ。

 

記憶さへ風化する世に忘れ得ずまる七年の室内干しを

 

洗濯物は外に干して、からっと仕上げたいものだ。しかし、室内干しをしなければならない状況が原発事故後には続いていた。しかも、「まる七年」も。この事実に言葉を失う。実際にそれを体験した人にとっては、忘れようにも忘れることはできないだろう。

実際にその場におらず、その事実を想像することしかできない者は、得られた情報からさまざまに想像しようと試みるが、当然のことながらそれには限界がある。「鼻すこし変形するまで」マスクをかけていたとか、「まる七年の室内干し」とか。その具体の前に、自らの想像力の限界を思い知らされる。原発事故後の福島で生活するということが実際にどういうことだったのか、そして、今もそれはどんなふうに続いているのか、もっともっと知らねばと思う。

作者は、福島県南相馬市で東日本大震災、原発事故に遭遇。現在は東京で暮らしている。東京に移っても、南相馬で体験したことは忘れようもない。「まる七年の室内干し」もしかり。風化すること、風化されることを危ぶむ声がある中で、風化し得ないことが個々の心の中にあるということも忘れないでおきたい。

 

夢の島埋め立てるころ近くには第五福竜丸も棄てられてゐた

この国を賄ふ程度はすでに持つ再生エネルギーの技術といふに

 

福島を出て、東京で暮らす中で、いっそう見えてきたものも作者にはあるらしい。